紗の心
「ずるい言い方」
「じゃあ君はどうして?正直なところ、嫌だ」
「誰とは絶対に言わない。自信が持ちたかったのかな。まだ女性なのかなって」
「よくわからない」
「男の人はいつだって、声をかけてその時々に話して楽しむことができるでしょ、
結婚してたって」
「そうかなー?」
「でも女は違う。話す人も出かける人も理由が居るわ。でもその人は、人として私と
接してくれたの。趣味の話を聞いてくれたり、物事教えてくれたり」
「で、そちらも教えてくれたのか」
妻は黙った。
「もう私が傍にいるのが、嫌なら離れます」
「別れるの」
「今はこの先のこと、考えられないわ」
「そうだね。私もだ」
「崇さんは、冷静なのね。もっと烈火のように怒るかと思った」
「君も、気付いていたのなら何故騒がなかった?」
「だって、ここに崇さんがいることが大事だから」
「じゃあ、今まで通り、ここに居てくれるのか」
「勝手な話だけど、明らかになったら居られない。暫く実家に行っていいかしら。
そろそろ親のことも気になるから、それを理由に暫く置いてもらうわ」
「君を追い出してしまうようで悪いな。お互い考えるのにいい時期かな」
「わからないけど、そうしましょ。今夜の食事は美味しかった。楽しかったわ。
私が、あんなティッシュペーパーを渡さなければ良かった」
「いや、君はもう気付いていたのだから、私のほうが謝らないといけないね」
「謝らないで、きっと崇さんも私も悪くないのだから。そういう人に会ってしまっただけ。好きな人が、ううん、好意をもてる相手が生涯で私だけなんてきっとないこと。
すごく身勝手で都合のいい言い訳を言ってるわね、私」
「お互いにね」
「でも、愛してると言えるわ、崇さんのこと。仕度ができたら、出ます」
「ねえ、帰ってくるよね」
妻は、僅かに微笑んだように見えた。
2日後、妻は実家へと出かけた。
私が妻と別居したことが、どういうわけか、その人の耳に入った。
それを知ったその人は、逢いたいと電話をしてきた。
気持ちの整理がまだついていない。
どう理解しようかと仕事から帰るとひとりの家で考える日々の中、その人に会うなんて。
いや、こんなときだから逢いたい。
きっと、逢ったら、甘えたい。癒されたい。
可笑しい!
どうして妻が出て行ったことの慰めをその人に求めることができよう。