紗の心
暗い部屋に帰った。
「ただいま」
「はあ、ああいうのは、何となく緊張するわ」
「平気に食べてたじゃないか」
「だって、食べてれば、次が来て、もう少しと思えば、持っていかれて。いっそ囲碁か
何かの対局みたいに、前菜3分です。メインディッシュ15分ですって言ってよ」
「そんなレストランはないだろ」
「でも美味しかった。ありがと」
「よかったね。貰い物だったけど」
「うん。私で良かったの?」
「ん?」
「ううん、何でもない。コーヒー入れようか?」
「お茶か水もらえるかな」
「はい」
妻は鞄を椅子に置くと、冷蔵庫へ取りに行った。
私は上着を脱いで、ソファーに投げかけたが、ポケットに入れたティッシュペーパーを
出した。
「あ、これありがとう」
「そうそう、シミにならないうちに。どれくらい汚れた?」
私のズボンを確認しに近寄った。
「ねえ、これなんだと思う?」
「どれ?」
妻にはそれが何かがわかったようだ。
次の言葉が繋がらない。
「・・みたいだね。何処かで必要だった?」
「・・・」
「何かあった?私が寂しくさせた?」
「それは、違う」
「そう。好きなの?その人のこと?」
「嫌いじゃない」
「私より?」
「比べる相手じゃない」
私は、妻に大きな声はほとんど上げたことはないと思っている。
今も上げる気は起きない。
だが、知りたい。相手のことではない。妻の心の中を知りたい。
「私に何か聞いて欲しいことある?弁解でも、言い訳でも何でもいい」
「崇さんは、好きな人居る?」
「居るよ、目の前に。聞いて欲しいじゃなくて、聞きたいことか」
「聞きたい」
「わかった。で答えはそれでいい?」
「ううん、もっと。崇さんは、私よりその人が好き?」
「どういうことかな・・」
「いい香りを連れて帰ってきたことがあって、崇さんの服の匂いを嗅いだけど、しないの。香水とかじゃないのね、たぶん。その人の香り」
「嫌だった?」
「忘れたけど、私じゃない誰かがいるんだなって思った」
「それで、君もそうしたの?腹いせ?」
「じゃないわ。でも崇さんは、認めるの?浮気」
「いや、浮気とか本気とか、考えたことはないよ。君のように素敵な人だ。
話がしたいと思っただけさ」