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紗の心

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菓子をかじった。なかなか美味しい。
「これ、美味しいね」と言った私を見たその人は、にっこり笑った。
「そうでしょ。・・もう生徒さん来ないの。辞めるのここ」
「どうして?」
「きちんと生活しないといけないから。もう戴かないようにお話したんです。
少し前に……あの方、楠木さんに」
「何処かへ行くわけではないよね」
「ええ、この家は、名義も私になっているし、売りはしないつもり。
それに兄の近くだから」
「楠木さんは何て?」
「何もおっしゃらなかった。頷いてくださったのかな?わからない。見られなかったから」
「紗希さんは、そのぉ、『あの方』が好きなんでしょ」
「ええ、『楠木さん』が好き。でももう恋しちゃいけないのかなって」
「?」
「先日、奥様とご一緒することがあって、楠木さんもいらしたけど、やっぱり本物の
夫婦には敵わないかな」
「どうして?」
「ううん、違う。奪い取ってしまいたい夫婦もあるけど、あの奥様には敵わない。
そんな気がする」
「別れるの?」
「それはわからない。奥様は、これからも私を見守ってくださると思う。
だから楠木さんに横恋慕できない。もう充分優しさと愛情を戴いたから。
変な言い方だけど、お返ししなくちゃって。いやだ、泣かないって決めたのに」
その人は、下唇を噛みしめ、それでも溢れてしまった涙を私に見せまいと席を立ち
キッチンのほうへと背を向けた。
私は、立ち上がり、その人を抱きしめたかった。
「駄目。貴方にそんなことされたら、『あの方』を忘れれなくなる」
(私に甘えちゃうじゃないのか?!)
「私がお話した後、楠木さんずっと後ろから抱きしめていてくださったから……」
(そういうことか)
私は、その人を振り向かせると、力の加減も気にせず、思いきり抱きしめた。
暫く、抱きしめたまま無言の時間(とき)が過ぎた。
「佐伯さん、もう大丈夫。泣いてないから。ぎゅってしてくれて嬉しい。ほっとします。本当に気持ちに区切りが付いたみたい。ありがとう」
腕の力を緩めると、その人は大きく息をついた。
「もう、苦しかった。佐伯さん力一杯なんだもの。あ、コーヒー冷めてしまったかしら」
笑顔を見せるその人を もう一度抱きしめた。

作品名:紗の心 作家名:甜茶