紗の心
あれから暫くして、街にその人らしき姿を見かけた。
肩にもかからないショートヘアのその人だった。
久し振りにあの男からメールが届いた。
別に待ち侘びる相手ではない。どちらかといえば、遠慮したい類か。
だが、数日前に見かけたのは、はたして本当にその人だったのか?何かしら知りたい。
[前略。何があった?何かしたのか?連絡が欲しい]
まったくコレが、ご無沙汰の相手にする、ましてや、ものを尋ねるメールだろうか。
だが、心情は良く分かるし、簡略明解といえば納得できる。
私に知りたいと言ってきた。ということは、その人はあの男に何も告げていないのか?
気は進まないが、会うこととなった。
待ち合わせ、会った途端は、今までの穏やかそうな様子は微塵もない剣幕で私に話を
しかけてきたが、やがて寂しそうにしょげた顔つきで私の前に座っているその男を
気の毒にさえ思えた。
「紗希が、もう大丈夫だから、『妾』を辞めたいと言ってきた。
それだけなら、新しい出発を祝いもしよう。だが本人も好きだったあの髪を
ばっさり切って来られると、何の決意があるのかと気になってしかたなくて、
佐伯さんに伺おうかと」
「私は、偶然見かけた人が、紗希さん本人なのかと、その辺りから聞きたかったのですが」
ふたりの男が、頭を付き合わせ、溜め息混じりに ときどきぼそぼそと話をしている。
「妻は『気分転換に髪の毛くらい切るわよ』と言うが、そんなものなんだろうか?」
「好きでしたけどね。結った髪も下ろして結んだ髪も」
「おいおい、君は紗希といつ会っているんだ?」
「仕事帰りとかいうところを見かけたくらいですよ。それに先日三人で会ったときは、
洋服でしたし」
少々、冷や汗をかいてしまった。
「紗希は、僕と別れたいのだろうか?」
(そんなこと、知るもんか。そうなんじゃないのか!)
「加納から頼まれたことが発端とはいえ、僕は紗希が好きでたまらない。今でも愛してる」
「そうですか。紗希さんも楠木さんを好きなのだから、いいじゃないですか」
「それならどうして、こんなことを言ってきたのだろう」
(だ・か・ら・・そんなことは、私に聞くな!)
男ふたりのこの発展のない会話は、それでも小一時間はあっただろう。
答えの出ないまま、その日は終わった。