紗の心
その人は、入り口付近に立っていた。
私は、その人をちらりと見たが、ベッドの脇を通り、奥のソファへと腰掛けた。
余裕があるように見えているだろうか。
実際の私の心持ちといえば、和菓子の勘違いというべきか、『きっと。佐伯さんが思って
くださっているのなら伝わります』と言われたその言葉の意味さえ、
何も考えていなかった。
そんな気持ちでその人を抱いてもいいのだろうか。
ふと、目を閉じたとき、その人の声が耳に届き、目を開けた。
「佐伯さん、お菓子持って来てしまいました。これだけでも一緒に食べませんか?」
そう言いながら、その人は、歩み寄って来た。
「はい」
蓋を開け、私に差し出す。
「ありがとう」
私は、ひとつ摘んで少しかじった。そして、その人に向けた。
「どちらも美味しそうだから、半分ずつ食べよう」
その人が、私のかじったところをかじった。
「私のところには餡がたくさん。美味しいですね」と微笑んだ。
私は、もう少しかじった。
その人が、その残りを食べた。
もうひとつの菓子をその人は手に取った。
「はい、どうぞ」
私は、またかじった。
その人は口の前まで持っていって呟いた。
「これ食べたら帰りましょう」
私は、心が締め付けられた。
ずっと知らなかった感覚だ。
(据え膳食わぬは・・・なんて感情じゃない。紗希さんにこのままでは終われない。
私は、何を迷っている?)
その人が、その菓子をかじった。
その手に残る菓子を私はほおばり、その人の手を引いた。
私の腰掛けた膝にその人は、座った。
まだ私の口には和菓子が残ってかっこいい台詞も話せやしない。
「お茶持って来ましょうか?」
「いや、粗茶が飲みたい。いいですか?」
その人は、頷いたのかどうか、私はもうその人を抱きしめていた。