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紗の心

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「あなた、こちらよ」
楠木の妻が声を掛けた。
「どう?今日は」
「ええ、楽しいわ。ね、紗希さん」
「紗希?!どうしてここへ?」
「奥様の着付けの延長でご一緒することとなりました」
「おい、どういうことだ?」
その男は妻に尋ねた。
「あなたの驚く顔が見たかったの。って怒らないでくださいね。私が会いたかったんです。それにここには、紗希さんに知ってて頂きたい方も来る予定ですし。
あなたがいらっしゃるまでの間、私がひとりでどきどきしないように傍に居て
いただいたの」
「紗希は、良かったのか?」
「お断りすることなど、私はできませんから。それにこのお着物を貸してくださったん
ですよ」
「あなたは、心配いらないの。女同士で決めたことだから」

会場は、人の数も増えてきた。
サイドの設けられたテーブルのメニューがデザートから料理へと変わって、会は本番を
迎えた。
その人は、その男と妻が、挨拶を交わすのを後ろからついて見ていた。
いつもにない『あの方』を遠くに感じていた。

時間が過ぎる。
その人にとっては、華やいだ会場に戸惑いを抱いたまま、『あの方』に近づけない距離に
寂しさを感じた時間だった。
「紗希、今日は窮屈な思いをさせてしまったね。帰りは・・」
楠木の妻が戻って来てチケットを渡した。
「紗希さん、今夜はありがとう。ホテル正面からタクシーに乗れるからコレで」
「はい。奥様、今日はお世話になりました。置いてきた荷物は、また取りに伺います」
その人は、その男と言葉を交わすのもほどほどにふたりと別れ、家路に着いた。

翌日の午前中、その人の荷物が自宅へと届けられた。
一枚の走り書きのメモが挿んであった。
『昨夜のお召物は、御礼の代わり、着てくだされば幸いです』
その人は、届いた着物を和装のハンガーに掛け、鴨居に吊るした。

作品名:紗の心 作家名:甜茶