紗の心
「終わりました」
「あら、楽だこと。これならいっぱい食べてしまいそうね。ありがとう」
「いえ」
「紗希さん、そこの横の包み、開けて」
「これですか?」
畳紙(たとうがみ)に包まれたものを膝の前で広げた。
「奥様、これは?」
「どうかしら?」
「ええ、綺麗な色目の赴きある柄ですが、奥様には少し向いてないかと」
「私のじゃないわよ。貴女の。紗希さんがコレを着て 私とその会に行くのよ。
着替えて。似合うといいけど」
「私なんかが、行ってはお邪魔になります。それにあの方がどうおっしゃるか」
「あの方?ああ、主人の事?気にしないの。こういうのは横のホステスの役目よ。
奥さんの技量」
楠木の妻はその人に微笑んだ。
「下着や肌着は用意がないから、着物を着て来ていただいたの。そのお着物もいいけど
普段に見えるから・・いえ、私の選んだのを着せたかったの。着てくれるでしょ」
「よろしければ」
その人は、着てきた着物を脱ぎ、まだ仕付け糸を取ったばかりのような その着物に
袖を通した。
帯も小物もその着物を上品にさせた。
「いかがでしょうか?」
「思ってた通り。主人が話してくれる貴女の事と先日こっそり見に行ったの、紗希さんを。ごめんなさい」
「お声を掛けてくだされば、よろしかったのに。そんな事は叶わないことですが」
「私ね。本当の気持ち。楠木が楽しそうに話す紗希さんの事が羨ましく、時には嫉妬していましたよ。加納君の妹さんじゃなかったら、とっくに追い出してしまいたいくらい。
でもね、楠木と話したの。紗希さんを妹のように付き合っていきましょうと」
「・・・」
「うちの家業は医者です。病気や怪我はもちろん治したいけれど、元気な体と心を守る
のも医者じゃないかと思うの。
もちろん、ボランティアのように誰でも受け入れるなんて、資産はありませんけどね」
その人は、楠木の妻の器を感じた。
(きっとあの方の優しさはこの人のおかげね)
「さて、出かけましょうか」
外に出たふたりを待っていたのは、あの運転手だった。