紗の心
私は、裸のまま、ベッドに横たわり、天井を眺めた。
別れたあと、その人とその男はどうしただろう。
その人の家に真っ直ぐ辿り着いたのだろうか。
それとも、私の妄想が起きてしまっただろうか。
ふたりが、相思相愛なのだから、何が起きてもいいじゃないか。
ただ、私の羨ましいというモヤモヤが、真実を知るのを拒んでいた。
サイドテーブルに置かれた携帯電話を手に取る。
掛けることなどできもしないのに、ディスプレイに電話番号を表示してはクリアした。
(こんな思いをするなんて)
それから、暫くの間、その人と電話をすることが一度あったきり、会うことはなかった。
私が知る由もないことだが……。
衣更えの頃だった。
その人の家の電話が鳴った。
「はい、加納です」
「こんにちは。楠木です」
それは、その男の妻からの電話だった。
「あ、はい。奥様、ご無沙汰しています」
「ご無沙汰だなんて。お目にかからないのがお約束でしたもの、仕方ありませんね」
「は・・い」
「今日お電話したのは、主人には内緒よ。お願いがあって」
「私にですか?」
「そう。大丈夫かしら」
「はい。奥様が私になんて、どういったことでしょう?」
「急ですけど、今週末、家に来てくださらないかしら。着付けをお願いしたいの」
その人は約束をすると、その日をカレンダーに書き込んだ。
その日、早くにその男の妻から電話が入った。
「今日は、お願いね。それから、正面の玄関からベルを押して、お好きなお着物着て
いらしてね。必ずよ。じゃあ待っています」
その電話は、その人を緊張させたに違いない。
約束の午後までの時間、その人は着物を選び、着替えた。
(着付けのお手伝いに伺うのに、何を着ていこうかしら)