紗の心
帰りは、その男が、その人を家へと送って行った。
私は、家に帰った。
「ただいま」
妻の返事がない。
私は、部屋へと上がると、テーブルの上のメモ書きを見つけた。
『出かけてきます』
(出かけるって、何処なんだ?)
私は、そのメモに不満だった。
一時間ほど経って玄関が開いた気がした。
「帰ったのか?」
私は、部屋から顔を出した。
「ただいま。いらしたの」
「何処行っていたんだ?」
「テーブルにメモがあったでしょ」
「ああ」
「気付かなかったのね。このチラシ。このチラシのところに『出かけてきます』って
書いてあったでしょ」
(適当にあった紙じゃなかったのか?)
「あとからって思ったけど、はい。崇さん、プレゼント」
私は、先ほどまでの不満など考えの外に一気に追い出された気分だ。
「あ、ありがとう・・ございます」
「どういたしまして。でも、崇さんが怒るのは駄目!ご自分だって、何処に行かれるともなく出かけちゃって連絡もないんですから」
「ごめん」
妻は、他の手荷物をその辺りに置くと、私の正面に立った。
「ねえ、キスして」
(なんだ?!突然に)
なんだかさせられる気分でのらないが、妻にキスをする。
口紅の味がかすかに苦い。
だが、いつもと違う、口紅味のするキスは、どこか新鮮だ。
ふと、妻ということさえ、誰かと入れ替わりそうだ。
「はい、許してあげる」
「ところで何の日だったかな」
「さあ?別に記念日ではないけど、欲しそうにチラシ捨てずにあったから」
確かにそのチラシは1週間ほど前の新聞折り込みだった。
そんなチラシを置いた所さえ忘れていた。
「どうかと聞いてからって思ったのよ。でも崇さん居ないし、ひとりでつまらなかった
から・・衝動買いかな」
「ごめん。でも、これは欲しかったから嬉しいよ」
「そ?良かった」
「今からする?」
私は、心に詰まった熱いもやもやを沈めたかっただけかもしれない。
私は妻をベッドに誘い入れた。気持ちいいほどのほとばしりと快感で終止した。
わずかのキスを交わすと、妻は部屋を出て行った。