紗の心
「佐伯さん、失礼しました。でも紗希とふたりでは、こんな話はできなかったと思います。突然のことでしたが、紗希が会わせてくれて良かったです。ありがとう」
「紗希さん、私は、帰った方がよさそうだ。どうしてここに呼ばれたか、
よく分からないが。良かったじゃないですか、お兄さんのことも楠木さんの気持ちも
わかって」
私は、席を立ち上がった。
その人は、私を引き止め、席に着かせると、手を握ったまま私の隣の席に座った。
「ありがとう。居てくれて。でもごめんなさい。こんな話になってしまって」
私は、こんな流れで振られてしまったのか。
(トンだ結末だ!)
「今ね。私、佐伯さんのことがとても気になるの」
その男に話し始めた。
「佐伯さんには、奥さんがいらっしゃるの。でも今、紗希にとって、とても大切な方なの。ごめんなさい。お世話して頂いている立場で言えることではないんですが」
「そうなんだ。でもこの人が紗希を幸せにできるだろうか」
「どうでしょうか。たぶん駄目ですね」
ちらりと私に笑みのある目を向けた。
「あ」(私は・・)
「でも佐伯さんが、私を幸せにしてくれなくても、佐伯さんが居ると私が幸せなんです。だから」
「佐伯さんは、どうなんですか?」
「私は、紗希さんが言う通り、紗希さんを幸せにできるお金も立場もありませんが、
紗希さんがそう思ってくれるのなら、傍に・・いつもとはやっぱり言えませんが、
居たいと思います」
「まだ、返しきれていないのに。その分はこれからもきちんとします。もし私の事を
見限るのなら、それもいたしかたないことと思います」
「紗希は、僕よりもこの人がいいのか?この先は分からないよ。せめて佐伯さんが
独り身なら、紗希の幸せを喜んで応援できるのだが」
「私は、ずっと貴方が好きです。今もずっと大好きです。奥様に悪いくらいに想ってます。感謝もしてます。でも佐伯さんにも好意を持ってしまいました。欲張りですね。
お兄ちゃんが結びつけたということで許してください」
「そういうことで、いいですか?佐伯さんは」
「そうですね。はい、紗希さんを大切に思います」
「二人を会わせて、驚かそうと思っただけなのに。今はいろんなことで良かったって思う。お料理冷めちゃったけどどうしよう」
「紗希さんの奢りですから、美味しく戴きますよ。それに美味しいものは、冷めても
美味しい」
私は、その料理を食べた。本当に美味しかった。