紗の心
「先生、殺しちゃったの?!紗希からお兄ちゃん早く連れて行ってしまったの?!
嘘。うそ・・でしょ?貴方がそんなことするはずない。だってお薬代だってたくさん
払ったもの。ひとりになった私も助けてくれたもの」
「紗希」
「ちゃんと治療しなかった罪悪感で、私を『妾』にして面倒をみてくれたの?」
私は、その人のあまりの言葉につい口を挿んだ。
「紗希さん、楠木さんは、そんなつもりじゃないよ」
「いいんです。紗希が思うのも無理はない。いまさらこんなことを言われて、
冷静に聞けというのも。紗希が言いたいことは、全部聞くから、言っていいよ」
「お兄ちゃん、苦しかった?つらかった?紗希の知らないところで病気と戦っていたの?」
その人の目から大粒の涙が零れた。
ナフキンが、その人の涙で濡れていくのがわかるほど、その人は悲しんでいた。
そんなその人の肩に腕を廻し、寄り添わせて、髪を撫でながら、その男はゆっくり声を
落として話した。
「お兄さん、薬は飲んでくれない。辛いときでも鎮静剤は使わずに我慢して。
何とか薬を使わせて欲しいと全部効能まで説明して勧めたり、たまに使わせてくれたりしたけど根負けしたよ。でも、彼は頑張ったよ。最後の日まで強く諦めずに紗希と過ごしたいと願いながら、生きてくれた。医者としては不十分だったと反省しているが、
こんないい後輩を持てて僕は良かった。だから彼の遺言通り、紗希に会いに行った。
支払った医療費は、必要な経費と彼が望んだ処置に使ったほかは、会計から家内が
管理してる。紗希は、知らないと思うけど、お兄さんと家内は同級生でね。
学生の頃はどっちがどうなのか、好きだったらしいよ。だから家内にまで頼んで、
こういうことになったのかな」
「兄のこと、皆さんで・・。私、ひどいこと言ってしまった。ごめんなさい」
「大丈夫。紗希がいい人でも見つけたら、預かったものを渡してあげようと。
彼の思いも全て話そうと思ってた。なのに紗希は、ひとりで頑張ってしまって」
「じゃあ、私のことは兄からの預かり物?」
「そんなわけないでしょ。家内には悪いが、紗希と会う日がとても楽しみで、
待ち遠しかったよ。大好きだよ」
私の前で起きているラブラブをどうしていいか、困惑していた。