紗の心
(紗希に何か答えてあげなくては)
「紗希にそう言われて、嬉しくない訳がないでしょう。一緒に居られる時は、逢おうね」
「佐伯さんは、言ってくれないの?」
「また、今度ね」
その人は、唇を噛んで俯いた。零れそうになる涙を必死でこらえていたのか?
(言葉くらいかけてあげたほうが良かっただろうか。だが曖昧に言いたくはない。
ごめんね)
「紗希」
顔を上げたその人は、頬に力を入れて笑っていた。
「ん。振られてはないのね、良かった」
その人は、テーブルに置いたかんざしを髪に挿した。
「あの方には、私に好きな人がいること、言ってみようかな。安心してくださるかな?
怒るかしら?あ、でも、絶対に佐伯さんってわからないように話しますから」
「危ないな。大切な紗希さんをたぶらかす奴は誰だ!って見に来ると思いますよ」
「じゃあ、戦って!・・クスクス・・冗談です。でも、こんなに素敵な方と仲良く
なれたこと言えないなんて、本当に淋しい。仕方ないのかな・・」
「あ、ちょっとお手洗い借りていいですか」
「どうぞ、廊下に出たところです」
その時私は、その後の予想がつかないことをしてしまった。
私が、お手洗いに立った時、ポケットからソファーに落ちた携帯電話に気付かなかった。
気になるからと(マナーモード)に設定していたので鳴ったことすらもわからなかった。
まさか、その人が、テロップに流れた名前を見てしまったことなど思いもしなかった。
お手洗いから戻った私を、その人は先ほどと変わらなく待っていた。
ソファーに腰掛けなおした私は、携帯電話の上に座ったらしく、落としたことに気付いた。
着信のランプが点灯していた。
[メール1件]
私は、その人にことわって確かめた。あの男からだ。