紗の心
離れて、かんざしを拾い、その人に差し出した。
「挿しましょうか?」
その人は横に首を振り、かんざしを受け取るとテーブルに置いた。
その人が、私の口にキスをした。
ソファーの私の横に座った。
「どうしてあの方はそんな嘘をついたんでしょう?どう思いますか?」
「さあ、私には分からない。紗希さんは、そのぉ、好きなんですか?」
「ええ、たぶん」
「『たぶん』・・ですか」
「いつも優しくて、勇気付けてくれて、叱ってくれて、守ってくれて、まだまだいろんなことしてくださって、でも愛してはくれない。抱いてくれない。私の事、本当は好きじゃないのかもしれないって思うこともあるの。今回だって治療や検査で、私の裸を見たって、お医者様の目なの」
「そりゃ患者さんを診るのにそんな目で見ていたら患者さんが嫌がるでしょ」
「佐伯さんは、私の裸見たら、どう?何か感じてくださる?」
「そりゃ。それに私は、医者じゃないからね。紗希さんの裸ならずっと眺めていたいかな」
その人は、何かを考えているようだ。
「じゃあ、脱いでみようかな」
私は、少し不機嫌な気分だ。
「どういうつもりですか。私ならあなたの裸に飛びつくとでも思ってのことですか?
もっと、んーもっとご自分のことを大事に思ってくれなきゃ、抱きしめたくなくなる」
私が、声を荒立てたことにその人は驚いた顔つきだ。
「ごめんなさい」
「いえ、私も言い過ぎたところがあったら許してください。でも紗希さん……」
「佐伯さん」
「なんですか」
「佐伯さんに『好き』と言ったら困りますか?あの方も大切です。でも好きです。
逢いたくなるんです」
その人は、心のままを見せたり、遠慮したりと、本当は『不器用なひと』なのかも
しれない。
とはいえ、私自身も 駆け引きしたり、遊び上手に恋愛?を楽しめるタイプでは
ないだろう。
その人の行動に、困惑し、感情をかき乱される。
『好き』と言われて、嬉しさが一気に込み上げる反面、その人に対して『好き』という
ことは返せなかった。
充分感情はその人に入り込んでしまっているにも関わらず、どこか深入りできず、
腰が引けてしまう。
事情を知れば、(なるほど!)だが『妾』と堂々と言い切って付き合っているあの男が
羨ましい。