紗の心
今日は、その人と約束をした日だ。
「さてと羽を伸ばしてくるわ。崇さんもお休み適当に楽しんでね」
妻を実家に送り、そのあしでその人のところへ向かった。
お盆で、寺の駐車スペースは、やや混んでいた。
このまま、ここに停めてその人の家へと行けば、近所の目もあるかもしれない。
そこから、その人に電話をかけた。
その人は、ココで待って居てと言った。
ほどなくして、その人が、花を抱えてやってきた。
「一緒に上(墓地)に上がってくださいますか」
「いいですよ」
その人は、少し微笑んでいた。
「花、持ちましょう」
「あ、すみません」
「まだ体はえらいですか」
(大丈夫)その人の唇だけがそういった。
細い階段を上がり、その人の兄の墓前へと花を手向けた。
「紗希さん、こんなことを聞いてはなんですが、他のご家族のお墓は?」
「大きな記念碑に入っています。でもそこに行く気にはなれなくて、兄の墓で、
みんなの様子を聞いています」
「そうですか。嫌なこと聞いてしまいましたね。すみません」
「いえ、きっとみんなココに来てくれていると思いますから」
その人は、白い数珠を帯の間から出すと手を合わせた。
「佐伯さんにこんなところまで付き合わせてごめんなさい。家に戻りましょう。
冷たいお茶でも」
私は、その人に着いてまた階段を下り、そのままその人の家へと入って行った。
先日のように奥の部屋へと招いてくれた。
その人が、お茶を入れ、テーブルへと運んできた。
「今日は、浴衣姿ですね」
「はい。いつかのお約束通り。それに今はこれくらいが楽ですから」
「もう、座っていてください。まだ病み上がりなんだから」
「もう大丈夫なんですけど、初めての入院で疲れました。まだなんとなく体が不安で。
でもちゃんとお医者さまに治していただきましたから大丈夫」
(あいつのところで入院したことは、私には言わないんだろうか?)
「驚きましたよ。紗希さんが、入院していたの、と電話をくれたときは」
「お伝えしたら、来てくださった?」
「当たり前でしょ」
その人は笑った。
「ホントかなー」
「じゃあ、『あの方』は来てくれたのかな?」
「いえ、あの方は、来てはくれなかった・・・」
(え?どういうことだ)
暫く、その人の次の言葉を待った。