紗の心
翌朝、目覚まし時計よりも先に、携帯電話の着信に起こされた。
(誰だ?こんな時間に。もしや)
あるわけがない。その人は、私の携帯電話のメールアドレスを知らないはずだ。
[楠木 雅人(くすのき まさと)]と表示された。
(あ、あいつの初メールか)
[紗希と連絡が取れない。何か知らないか?]
メールを読んで、半身、飛び起きた。
(昨日、会ったときは、変わった様子はなかったようだけど。かといって慌てて騒いでは、妻も変に思うだろう)
とりあえず、返信メールを送った。
[分かりません。何も聞いてない。昨日も別にそんな・・・]
私は、途中から書き直した。
[分かりません。何も連絡はありません。もし連絡があれば、お伝えします]送信。
枕元の目覚まし時計が鳴った。
私は、それを止め、布団から起き上がった。
部屋を出ると、妻がコーヒーを入れていた。
「おはよう」
「おはよう。すまないが、今朝はアイスにしてくれるかな」
香りたつ温かいコーヒーを味わう気分ではない。
「今日は、朝から暑そうだものね。ガムシロップは要る?」
「いや、要らない」
氷がそのまま残ってしまうくらい、私は、一気に飲み終えた。
「少し遅くなるかもしれない。いってきます」
「いってらっしゃい」
駅までの道は、少し風が吹いて この季節としては爽やかに感じた。
しかし、それもホームから電車に乗るころには、忘れてしまうほど、やはり暑い。
時折、電車の揺れに人と汗ばむ肌が触れる不快感を感じながら、その人の行方を考えた。
私の思いつくところなど、あのお寺か、勤めに行っているという会社か、
案外、家に居たりするのかもしれない。
(家に居て、具合が悪くなってしまったのではないだろうか)
だが、このままその人の住む町へと向かうことはないし、おそらく もうあの男がして
いるだろう。