小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

紗の心

INDEX|4ページ/101ページ|

次のページ前のページ
 

帰り道、その人のことが気になった。
『さようなら』という言葉すらリピートされる。
(どうかしてるな・・)
いつの間にか、家へと着いていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
いつもどおりの妻の出迎え。
玄関の辺りまで、いい匂いがしている。
いつもながら、私の好みの料理を食卓に並べてくれている。
いや、彼女の味に慣れ親しんで、自分の好みになったのかもしれない。
今夜も美味しく頂いた。
「ごちそうさま。少し部屋で仕事するから」
「はい」
こんな会話も 日常的だが、今日の私の気持ちは少々高ぶっていた。

部屋へ篭もったものの、何の仕事をするつもりだったのか。
少々口からの出任せも含まれている。
(えっと、とりあえず明日の資料でも作ってみるか)
仕事を家に持ち込むのはそんなに頻繁ではない。
ただ今日は、何かに気持ちを向けたかった。
こんなにも普通に ほどほどの幸せの中に暮らしているはずなのに、忘れていた感情に
気付いてしまったという感じだろうか。
期待していなかったおもちゃを目の前に差し出された嬉しい驚きのようなものか?
結局、パソコンの画面に文字が並ぶことなく終わってしまった。

「出かけてくる」
週末の休日、ひとりで出かけた。
行き先はもちろん、あの路地だ。
(今日は会えるだろうか?)
探検ごっこのような思いを抱きながらその人の住まいを探してみた。
不審者に思われないかと考えつつも逸る気持ちを抑えたくなかった。
遠い昔?恋心を意識したとき、彼女の家を友達と探したのを思い出した。
(ははは、そんな初々しさが、まだ私にあるのかな・・)
辺りを見ながら歩いて行くと、ある玄関の門扉から水が撒かれた。
確かに陽射しが今日も暑い。
(打ち水?!)
私が歩いているのに気付かなかったのか、目の前に水が飛び出してきた。
「おっと」
「あ、すみません。濡れませんでしたか?」
門扉から顔を覗かせた女性は、私の探していたその人だ。
「あ、大丈夫ですよ」
「良かった。本当にごめんなさい。驚かれたでしょ。あ、あら?」
その人は、私を覚えていてくれたのだろう。
「先日、お寺へ行かれた方ですよね。今日もそちらへ?」
「いえ、ちょっとこの通りが気に入って、散歩に来たんですよ」
(なにが散歩だ。車でわざわざやってきたというのに、全く言い訳が下手な奴だな、私は)
「そうですか。この辺りは、広い通りから少しはいっただけですけど、わりに静かでいい所ですよ」
「あ・暑いですね」
「そうですね。少し打ち水でもと思ったのですが、もう乾いてしまったみたい」
「・・いいですよね。・・あ、打ち水」 
私は、ただその人の前に突っ立ったまま、言葉を失った。
その人は、小首をかしげて微笑んだ目で私を見ている。
(どうしよう?何だよ、だらしないな・・焦ってきた)
「暑いでしょ。水のお詫びにお茶でも差し上げます。どうぞ」
その人は、手で促しながら私を玄関へと迎えてくれた。

作品名:紗の心 作家名:甜茶