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紗の心

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車を走らせ、私は思い出のある場所へと向かった。
その思い出を辿りたいわけではない。
その見晴らしのいい景色をその人にも見せたかった。
だが、望みが叶わない。
車を停めて、車外へと出てみた。
広い野原と、小さな公園。
ずっと向こうまで見渡せるように伸びた場所だった。
しかし、目の前に見たのは、造成され、マンションが立ち並ぶ、街中と変わらない
景観だった。
小さな公園はそのままあったが、マンションの敷地の一部となってしまっていた。
「佐伯さん?」
「もう思ってた場所じゃなくなってた。せっかく紗希にも見せたかったのに」
「ありがとう。でも大丈夫。佐伯さんの見ていた景色が私にも見える気がするから」
その人は手の平を私のおでこと自分のおでこにそれぞれあてた。
「それじゃあ駄目でしょ。ほら」
私は、おでことおでこをくっつけ、暫く目を閉じた。
「どう?」
「はい。いい所ですね」
私は目を開け、その人のおでこを指先で弾いた。
「ははは、適当言って。でもこんなふうに伝えられたらいいね」
その人は頷いた。
「残念だけど、ほかへ行こうか」
私たちは、車へと戻ってエンジンを掛けた。
その人は、体をひねり、シートベルトの金具を留めようとしていた。
私はその手を押さえそのまま、その人の上に体を預けるように重なった。
右手はその人の左にあるリクライイングのレバーを引いた。
その人と私はほぼ水平に後ろに倒れた。
その人は、何も言わない。ただ私の目を見た。
このまま、唇を重ねようか。
それとも私の胸元に当たっている膨らみに手を伸ばそうか。
柔らかい布に包まれ隠れている脚を露出させてみようか。
シートを戻して、何もなかったかのようにドライブの続きをしようか。
幾つもの選択肢ばかり浮かぶがどうにも手が動かない。
その人の頬に掛かった髪の毛を指先でどけた。
触れた手にその人の視線が反応した。
目を伏せたそのとき、唇を重ねた。
その人の唇はふっくらと柔らかく、がさついた私の唇に押し当てた。
伏せた目を閉じ、私のキスをゆっくりと受け入れてくれた。
私は一度、離れた。その人の瞳に再び私が写る。
「紗希。少しここに居ていいかな」
その人の首が縦に動いたのを見て、私はエンジンを切った。
昼間だが、人通りはほとんどない。

作品名:紗の心 作家名:甜茶