紗の心
駐車スペースで熱くなった車のドアに手を掛けた時だった。
ひとりの男性が私に声を掛けた。
「失礼ですが」
「はい」
振り返り顔を見た。
私より少し歳上だろうか。
「間違っていたらすみません。今あの家から出ていらっしゃいましたか?」
私の勘が間違っていなければ、たぶん『あの方』だと思った。
(正直に言うべきか?どんな奴かもわからない)
「何ですか?」
私は、少々ぶっきら棒に答えた。
だが、相手の男性は、どちらかといえば紳士に見えた。
その人を『妾』に囲うたぬき親父には思えない。
こちらも気を取り直して応対すべきではないかと思った。
「はい。加納さんのお宅を訪ねていましたけど、加納さんのお知り合いの方ですか?」
「まあ、そういったところです。あのお急ぎですか?良しければ少しお時間を取って
いただけますか?」
「いいですよ」
この際だ。私もその男性にいくつか聞いてみたいことがある。
「じゃあどこか・・これは貴方のお車ですか?この先にある店でお話をしましょう。
後ほど向こうで」
場所を確かめると、私は先にそこへと向かった。
駐車場に車を入れ、その男性が到着するのを待った。
入って来た男性の車は、右ハンドルではあったが、名の知れた外車。
私の車がゆうに2、3台は買えるのではないだろうか。
だが、あまり嫌味に思わないのは、その男性の風貌と落ち付いた振る舞いのせいだろうか。
「お待たせしました。行きましょう」
店内に入ると黒い服を着た男に席へと案内された。
私にだけ注文を聞くと、その男は下がって行った。
飲み物がテーブルに置かれるまでの時間、何も話さず、お互いただ言葉を探していた。
私の注文した飲み物とともにその男性の前にも飲み物が出された。
(いつも変わらないものをここで頼んでいるのか)
さほど高そうな店ではないが、いい雰囲気の店だ。