紗の心
私の胡坐も少々痺れてきた。
重さというわけではないが、同じ姿勢をし続けることに慣れていない生活を
しているからだと思う。
ちょうど、その人は体を下ろしてくれたので弱音を吐かずに済んだ。
「着直してきます」
その人は、ほどいた帯や小物を手にして奥へと行ってしまった。
数分で戻って来たその人は、迎えてくれたときのように着物を整えていた。
その人は、座った。
今度は向かい合ったところではなく、私の隣り合ったところだ。
「お待たせしてすいません」
「今日の会いたい理由は、また見ているだけですか?」
「はい」
「はいって・・」
(どうすりゃいいんだ?)
小首を傾げて私を見るその人から視線を外した。
その人が私の左手を両手で包むように握った。
私は、またその人を見た。
「なんですか?」
「いまさらですが、佐伯さんって奥様いらっしゃるんですよね。結婚してる・・よねっ」
(ほんとに、いまさら確認しなくてもいいだろう)
「指環は、しないの?」
その人が、私の左手を握ったのは、その為だったようだ。
「あまりしないうちに、はまらなくなってしまったようでしなくなったかな」
「奥様は?」
「さあ、どうかな?覚えていない」
(そういえば、どうなんだろう?気にしたことがない)
「もったいない。せっかく堂々とできるのに。サイズは直せますよ」
その人は、手を離した。
「紗希さんは、そういうのともかく他のはつけないんですか?」
言葉にしてから、後悔した。
その人の視線がぐっと落ちたにもかかわらず、笑みを絶やさないようにしているのを
見てしまった。
「着物の時にはアクセサリーはつけないほうがお洒落なんです。でも指環は別。
はめてもマナー違反にはならない。持ってますよ、少しですけど。
でも私は・・その指環は」
今度は、私がその人の手を握った。
「結婚指輪があろうがなかろうが、関係ないじゃないですか。指環があるから好きに
ならないとか、関わらないとか。可笑しいですよ。それならあなたが妾になったのは、
好きになったからじゃないんですか?お金の為だけですか?」
私は、自分でも分かるほど何故か雄弁に熱く話していた。
「貴女が『逢いたい』って言ってくれた。私は嬉しかったですよ。私が好意を持った人がそう言ってくれたこと。私には妻が居ますが、好意を持つ気持ちは私自身のことです。
指環がなくたって・・指環があげれなくたって気持ちの繋がりがあればいいんじゃない
ですか」
(あ、紗希さんからいえば、貰えなくてもだったかな・・)
私はその人の手を離した。
「まあ、おおっぴらには言えませんが・・すみません」
私は、一気にしゃべって消沈した。
「・・そう。これは不倫。内緒だから。あの方は、奥様に公認。どちらもかわらないのに。お友達とはおふたりとも違う・・気がする」
私は、手を伸ばし、その人の腕を掴むと、胸元に引き寄せた。
その人が、傾(なだ)れ込むように胸にぶつかった。
「あ」
そのまま抱きしめた。
おそらくその人は不安定な態勢なのだろう、私に体重の全てがかかっているようだ。
「貴女が『逢いたい』っていうならできる限りこうしてあげたいと思います」
「ありがとう」
畳に手を付き、体を起こし私から離れた。
離れるときに頬に口づけをしてくれた。