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紗の心

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その人が門扉を締め、私とその人は寺の方へと歩き出した。
寺への階段は、やはり疲れる。
その人は、相変わらず、息も上がらず、しなやかに身をこなす。
最後の数段。その人の手が私に差し出された。
私は、その手を握った。階段を上りきっても、その手は離されなかった。
無言のまま、私とその人は・・・私たちは寺の表門の方まで歩いた。
あの時見たように 門を背にして展望する景色は、素敵だった。
少し雲がかかる遠くの空まで よく見渡せる。
私は、肩を並べるその人を見た。
私と同じ方向を見ていた視線が私を見上げた。
何も話さない。
少しその手を握り締めた。
その人に口元がやや微笑んだように見えた。
「あの。ここにはどなたが眠っているんですか?あ、聞いても差し支えないのなら」
「兄です。私と『あの方』を結びつけた」
(あの方は、まだ若いのか)
「じゃあ、その人もお兄さんくらいの歳の人?」
「少し上だと思います。兄と私は長男と末っ子。それに私は、おまけにできたのか、
歳が離れているんです」
「お墓に参ってもいいですか?」
その人は軽く頷いた。
私たちは、正面の門からはいって墓地の方へと行った。
私は、その人の手を離した。
墓前へそのまま手を繋いでいくのは、躊躇ったからだ。
他の墓と比べるのは良くないが、小さいながら、周りのどこよりもきれいに整っていた。
きっとその人がよく来ているのだろう。
なんと言う訳ではないが、墓前で手を合わせた。
「ありがとうございます。ここを参る人は私とあの方のほかにはいなかったのに」
「ご親戚とかは?」
「もともと一人っ子同士の両親でしたし、兄弟といっても子どもはいなかったから。
それに私がお店勤めしたときからみんな関わりがなくなったみたい。今は気が楽ですよ。しがらみがないって」
私には、悲しい笑顔に見えた。
私の誤解が少し解けた。
その人にとって『あの方』は親戚以上に深い繋がりがあるのかもしれないと。
私は、もう一度お墓をみた。軽く目を閉じ、心の中で呟いた。
(私は、紗希さんの何かになれるでしょうか?)
「佐伯さん、戻りましょ。雨でも降ってきそうです」
私たちは、寺からの階段を下った。
着物の前を押さえるように添えていた手を取った。
少し下りた所で、翻った着物の端が階段の角に引っかかり糸が攣った。
だが、その人は、気にかかる素振りを見せず、下まで降りた。
私はしゃがみこんで様子を見た。
「大丈夫。気にしないで。まだ時間は大丈夫?」
「ええ」
その人が、家の方を振り返ったとき、口元に手を当てて立ち止まった。
「佐伯さん、ごめんなさい。このままここでお別れしましょ」
「紗希さん?」
「今は会わせたくないの。お願い。このまま車に乗って」
私は、その人が家の中に入るのを見届け、家の前を通過した。

作品名:紗の心 作家名:甜茶