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紗の心

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帰りの電車の中、私は頭の中で繰り返し 自己問答をしていた。
ポーカーフェイスを装いながら、どれもが自分の都合の良い妄想へと膨らんでいく。
いつもは無関心な電車の響きも気持ちに快く届いてくる。
こんなにも通勤電車を楽しく乗車したことがあっただろうか、とさえ思えるほど
私の気持ちを持ち上げていた。
駅に着いた。
ずいぶん日が長くなった。まだ明るい。
このまま帰るのももったいないような気がするが、駅から自宅まではさほど遠くない。
立ち寄るところもほとんどないといった所だ。
途中にある洋菓子店に妻の好きなケーキがある。
買って帰ろうと立ち寄った。
ケースの中のトレイにはわずかに残っているだけだった。
(この時間から買う人は少ないから仕方がないか)
ケースを見渡すと、目的のケーキがひとつあった。
私は、ほかに客が居ないにもかかわらず、とりあえずソレを頼んだ。
「さて、あとはどれにしようかな」
それだけでも構わなかったが、一人で食べることとなったらたぶん気を遣うだろう。
妻の好みを考えて自分の分にもうひとつ買った。
「お持ち帰りのお時間は?」
「うん、5分ほどです」
小さな小箱にケーキをふたつ。傾けないように私は帰った。

「ただいま」
「あら、早かったのね」
奥から顔を出した。
急に笑顔になった妻の視線は、私から手先に持つ小箱へと明らかに移っていた。
「ただいま。こんなのはどうですか?」
「今日は、何かありましたっけ?」
「ないですね。じゃあこれは要りませんね」
「意地悪ですね。ねえ開けてもいい?あ、まだ料理温めてないんだけど」
「どうぞ」
妻にケーキの小箱を渡し、私は着替えに部屋へと行った。
キッチンの辺りでそわそわとしている様子がなんとなく伝わってきた。
部屋からダイニングへといくと、テーブルの上に皿に盛られた料理とビールとグラスが
置かれていた。
妻の席の前には、ティーカップとケーキ皿が用意されていた。
「いただきます。あれ、ケーキは?」
「あそこ」
キッチン台の上にそのまま置いてある。
「食べないの?」
「崇さんが終わるの待ってる」
「いいよ。持っておいでよ」
妻は、席を立つと沸かしたお湯をティーポットに入れ、片手にケーキの箱を持って
戻って来た。
まだ、洋菓子店のシールが貼ったままだ。
いつものことだが、妻が頂き物の封を開けるときの顔は子どものようだ。
今、目の前でシールを取っているのも同じ顔だ。
「わあ、これ。どっちが私のかな?」
分かりきっているだろうし、決めているだろうことをあえて聞くのか。
「どっちがいいの?」
「こっち。でもこれも美味しそう。崇さんが食べるときに少し欲しい」
「少し残してくれたらいいよ。食べれば」
妻は、皿にそれぞれのケーキをのせた。紅茶をカップに注ぐ。
ご満悦な笑顔に買って良かったと思う。
(紗希さんが和菓子を前にしたときもこんな感じだったか)

作品名:紗の心 作家名:甜茶