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紗の心

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私の胸元のポケットで携帯電話が震えた。
「あ、そろそろ失礼しないといけませんね。ゆっくりしてしまいました」
私は、立ち上がり、玄関へと向き直った。
「今日は、ご馳走様。ありがとうございました」
私の背にその人の声が触れる。
私は、踵を返し、間近に立っているその人を抱きしめてしまった。
一瞬、その体に力が入った気がしたが、抱きしめた感触がふと柔らかになった。
「紗希さん。こうして抱きしめていていたい。あ、すみま・・・」
体を離したが気まずくないだろうか。
その人は、優しい表情で私を見てくれた。
「温かいですね、抱きしめられるって。でもこれ以上は駄目ですよ。
あとが寂しくなります」
「その人がいるからですか?」
「あの方は、私を抱いてはくださらないの。肉体は結ばれない。
いつも小さな子どもにするように頭を撫でてくださるだけ。
キスだっておやすみのときするような、おでこにチュッと口を付けてくださるだけ。
でもそれだけでも私こうしていられるの。温かい気持ちで自由で明るく。
とっても好きだから。とっても寂しいけど。仕方ないの」
その人の目が艶やかに濡れた。
「素敵な方なんですね。紗希さんにこんなに思われて幸せな方だ。羨ましい」
「でも佐伯さんとは触れ合えますね。手が届く」
私は、その人の手を取って玄関の壁にその人の背を押し当て、唇を重ねた。
その人の柔らかな唇の感触が私の口元から脳のどこかをまったりと溶かしていくようだ。
少女のような不慣れなキスを私は受け取った。
遠慮がちに重ね合う唇。
少し背伸びをして私に合わせてくれているようだ。
私はその人の腰を支えるように抱きしめ、ややかがんでみる。
その人の両腕がふたりに距離を作った。私達は体を離した。
「じゃあ、帰ります」
「はい」
「あ、これ。明日の午後5時。電話ください。待っていますから」
私は、紙切れに書いた携帯電話の番号をその人の掌に握らせた。
どうして5時だ。
私は、路上に止めた車に戻った。
長く停めていたが、幸いにも駐車禁止の違反にはなっていなかった。
家まで、ほとんど何も考えることなく、たどり着いた。
「ただいま」
妻は、片づけを済ませたらしく、コーヒーを飲んでいた。
「おかえりなさい」

また私は、『秘密』ができた。

作品名:紗の心 作家名:甜茶