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夢の唄~花のように風のように生きて~

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 お千香は飛びすさるようにして、定市から離れた。部屋の隅に逃げ込んだお千香を見て、定市が陰惨な笑いを浮かべた。
 お千香は周囲を見回した。傍に書き物をするための小机が見えた。その上にあった文箱を掴み、定市に向かって投げつけた。定市は笑いながら、器用にひょいと身をかわして避けた。
 それでも、定市はじりじりと間合いを詰めてくる。お千香は恐怖のあまり、気が変になりそうだった。
 文箱の次は硯、筆ととにかく眼に付く物を取っては次々に投げつける。が、直に投げつける物もなくなり、お千香は蒼白になった。
 定市がまるで獲物を追い詰めるように直前まで近づいている―。
 それでも何か逃れるすべはないかと、周囲を見回していると、突然、手首を物凄い力で握られた。
「もう、これで鬼ごっこはおしまいかい?
全く世話を焼かせるお嬢さんだぜ。最初は怖いのは誰でも同じさ、だが、直に良い気分にさせてやるから、大人しく言うとおりにするんだ。今夜一晩私と過ごしたら、明日からは夜が来るのが待ち遠しくてならなくなるさ」
―このひとは何を言ってるの?
 お千香は定市の科白が理解できなかった。
 男女の事については何も知らないのだから、無理はない、
「な?」
 覗き込まれたかと思うと、顔が近づいてきた。
「いやっ」
 お千香は定市の胸を思い切り手で突っ張った。
「あなたなんか嫌い。嫌いよ。触れられるのもいや」
「何だと?」
 定市の眼に酷薄な光が宿った。
「もう一度言ってみろ」
 まるで荷物のように横抱きにされると、お千香はそのまま布団の上に投げおろされた。ひと月前よりも更に手加減のない荒々しさだった。
「止めて、お願いだから、こんなこと止めて」
 お千香は怯え切った瞳で定市を見上げた。
「あ―」
 唇を塞がれ、息もできない。舌が侵入してこようとするのを必死で口をつぐんだ。
 定市が舌打ちを聞かせたかと思うと、ピリッと衣(きぬ)の裂ける嫌な音が夜陰に響いた。
 信じられなかった。無表情に自分の身にまとった寝衣を引き裂いてゆく男の顔が醜く歪んで、獣のように見えた。
 紐が解かれ、その紐で両手を持ち上げた格好で縛められた。ひんやりとした夜気に素肌がさらされ、余計に身体が震える。
「お千香、間抜けにもお前の親父もお前も大きな間違いをしてることに気づいていなかったんだな。お前の身体は、男でもなければ女でもない。お前はそう思ってたんだろうが、ひっくり返せば、それは、お前が男でもあり女でもあるってことなんだぜ。お前の身体を最初に見た時、私はすぐにお前を自分のものにすることもできた。お前は女として、私を受け容れることができるんだ。それをしなかったのは、私がお前に惚れてたからだ。できれば、力づくや無理強いという形でお前を抱きたくはなかった。だが、もう偽善者ぶるのは止めた。お前がそこまで私を嫌いだというのなら、私は私のやりたいようにやる。どうせ嫌われてるのなら、何をどうしようと同じだからな」
 淡い闇にほの白く浮かび上がったお千香の裸身は、どこまでも清らかであった。そう、丁度、思春期を迎えたばかりの少女のような初々しい裸体である。乳房はまだほんの少し膨らみかけたばかりであった。
 ひと月前、お千香の裸体を見た夜、定市は、お千香が中性体、いわゆる両性具有であることを知った。父の政右衛門があれほどまでに夫婦の交わりはできぬというからには、何か身体に重大な秘密があるのではないか―と考えたのだ。単に健康上の理由だけで、ああまで頑なに夫婦の契りを禁ずるとは思えなかった。
 確かに初めて見たときは愕いたものの、定市が見たところ、お千香の身体は男性よりは女性に近かった。中性体は時に男女の分化が進み、成長の途上で男性化、女性化することも珍しくはないという。恐らく、お千香は長ずるにつれ、より女性化しているに相違ないと思われた。ゆえに、定市の見たお千香の身体は極めて稚くはあったが、明らかに女性の特徴を強く備えていた。
 もう数年待てば、十分に一人前の女性として成熟することも可能のように思われたのだ。中性体の話は定市も聞いたことはあった。非常に稀なことではあるが、時として、そのように男でもあり女でもある両方の性を有した赤ん坊が生まれてくることがある、と。
 しかし、まさか幼い頃から一途に恋い焦がれていたお千香がそうであったとは想像だにしなかった。
 定市がお千香に言ったのは嘘ではない。彼はあくまでも待つつもりでいた。数年というのは自制できるかどうかは自信はないが、少なくとも一年や二年なら辛抱するつもりであった。お千香がもう少し身も心も大人になった時、改めて夫婦の契りを結べば良い。そんな風に考えていた。
 だが。
 何がどうあろうと、あの娘は定市になびく気はないらしい。自分が何故、そこまで嫌われるのか、定市には皆目判らなかった。これでも、女にはモテる方だと思う。これまでにも寄ってきた女がいなかったわけではなく、真面目一途だと思われているが、遊廓で女郎を抱いたことがないわけでもないのだ。
 ひと月前、お千香から離縁して欲しいと言われた時、定市はもう我慢するのを止めた。
 最初は、お千香が自分を追い出そうとしているのかと勘ぐったけれど、どうやら、お千香は本気で美濃屋を出ていこうと考えているようだった。定市はそれを知った時、怒り心頭に発した。
 お千香が自分を追い出しにかかっていると思うより、何倍も腹が立った。生まれ育った美濃屋も何もかもを捨ててまで、お千香は定市を拒もうとしている。そこまで自分は嫌われているのかと思えば、惚れ抜いているだけに、かえって憎いと感じた。
 お千香には最早、何をどう言おうと、定市を受け容れる気はないのだ。ならば、いっそのこと、どれだけ嫌がろうと泣き叫ぼうと、自分のものにしてしまえば良いのだと思った。自分は最早、奉公人ではなく、美濃屋の主であり、お千香は定市の妻であり、所有物にすぎないのだ。良人が妻を抱いたからとて、何の問題もないはずだった。
 暗い気持ちでそんなことを思い出しながら、定市は夢中でお千香の身体を存分に味わった。
 お千香は泣き疲れたのか、抵抗する力も失ったようで、ぐったりとしている。定市はそんなお千香の脚を乱暴に大きくひろげた。
「―!」
 突如として鋭い痛みが下半身に走り、お千香はか細い身体をのけぞらせた。
 何が起こったのかさえ判らず、あまりの激痛にただただ涙が溢れた。いやいやをするように首を振り涙を流すお千香に、定市が囁きかけた。
「大丈夫だ、最初は痛いかもしれねえが、直に気持ちよくなる」
 その言葉の意味も理解できず、お千香の意識はそこでプツンと途切れた。
 それでも、定市は何ものかに突き動かされるように、意識を手放したお千香を蹂躙し続けた。
 春浅い、どこからともなく梅の香の漂う夜のことであった。

《運命の邂逅》

 定市は重い瞼を開いた。眼が覚めてみれば、身体はけだるさを残してはいたものの、満ち足りた気分だった。
 夜明けには、まだ間がある。
 また、お千香が欲しくなっていた。