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色即是空

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 何れは東京に出て、文筆家になろうという思いを春彦は心の底に暖めていたのである。ここ数年それを隠して孝行息子を演じてきた自分に、春彦は後ろめたいものを感じているが、それを奈美に言うのはかえって残酷だと思いとどまっていたところに、降って湧いたように嫁取りの話を奈美が持ち出したのである。
 春彦は散々思案をした後に奈美の願いを入れて隆子と会うことに決める。その日は紅葉の色が山間のあちこちに映えている天気のいい日だったので、庭でバーベキューしながら話し合うのがいいだろと春彦が言い出して、急ごしらえのセッティングでアウトドアーを楽しみながら隆子と会うことにした。
「何も家の外で会わなくてもいいじゃないか。それでは先様にも失礼だろう。わたしに義理立てをして隆子さんと会うことにしたのじゃないかね、それならば無用な気遣いだよ」
 奈美は、この見合いを春彦は乗り気でないのではないかと気を揉んでいる。
「お母さんのおもいすごしですよ。今日のように気候のいい日は外のほうがいいのですよ。紅葉狩りをしている気分になるでしょう。隆子さんは若いのだから、この方がよろこびますよ。お互いに開放的な気持で話し合えると思います。家の中だとなんとなく重苦しくなるでしょう」
 春彦は心底からそう思っているようだった。春彦には、またあの仏壇の前でかしこまって見合いするのは避けたい気持があったのである。家の嫁を迎えるのだという奈美の気構えとは違って、春彦は自分の妻を選ぶのは自分流の接待がいいと思っていた。
 隆子と可知が、奈美の友達でこの仲介人である澤彦太郎に案内されてやってきた。お互いの挨拶を済ませると、奈美と春彦が同じ床机に掛け、可知と隆子がテーブルの向かいの床机に着き、彦太郎は二組を挟んで掛けた。これは型どおりだったのだが、お互いの自己紹介が終わると、早速、バーベキューを始め、可知と奈美、春彦と隆子がそれぞれ組んで、話し合いだした。彦太郎はしばらく両方の組にはなしかけていたが、なんとなく落ち着かないらしくて、奈美の傍に掛けなおした。
 薄雲が流れ、高い空では雁が編隊を組んで飛んでいる。その下を小さな鳥が走ってゆく。こののどかな風景のなかで、見合いの席というよりはピクニックのような雰囲気で談笑が続いていた。
 
「彦太郎は先年の春に嫁に死なれているから、後妻を世話してやらねばと、奔走しとるのだが、なかなか似合いの相手は見つからんでのう。せっかく紹介してやっても、何のかんのと文句ばかりつけるで、厄介な男じゃ」
 見合いのあと、奈美は彦太郎のことばかり喋って、肝心の春彦と隆子のことは後回しである。隆子のことをうかつに聞いて、春彦から嫌な返事がかえってくるのを恐れていたかもしれないが、春彦は面食らった思いだった。てっきり、自分の気持を聞かれると思って、春彦は気構えていたのである。拍子抜けとはこのことだった。
「彦太郎をどう思うかね、幼友達でね、一緒にこのあたりを駆け回って悪さをしたものだ。わたしが先に玄の嫁になったので、あいつは悔しがった。お前は俺の嫁にするつもりだったなんていって、わたしを困らせたものだ。それからすぐにあてつけのように、あいつは嫁をもらった。それからも仲良く付き合ったが、あいつの嫁が悋気を起こして、付き合ってくれるなと怒鳴り込んできたことがあった。あいつは厄介な嫁をもらったものだと玄が笑っていたが、内心では、あいつとわたしの仲を疑っていたようだったなあ。その玄もあの嫁も死んでしもうた」
 奈美は思い出をたどっているように喋った。春彦はあっけにとられている。
―こんなに饒舌な母を見たのははじめてだ。彦太郎のことを、あいつと呼んだのも驚きだよ。ずいぶんと親しい感情を持っているらしい。二人の再会を喜んでいたのではないか―
 春彦は複雑な気持になった。夫の玄が死んで間もないのに、奈美が彦太郎に気を寄せているらしいことがおそろしかった。彦太郎に後妻を世話してやるために奔走しているというのは本当だろうか。本当だとすれば、彦太郎は奈美を射止めようと思って、ほかの女と再婚することにウンといわないで文句をつけているのではないか。春彦は、奈美と彦太郎の関係をあれこれと想像し始めた。単に幼友達の懐かしさからか、成人してからも友情を持っていたのか、彦太郎の嫁が怪しんだような不倫の関係があったのだろうか、春彦は奈美を見直している。そのときだった、奈美が急に見合の印象を尋ねた。
「見合いの按配はどうだった。気に入ったか、まだうぶな娘だったろうが。わたしは、嫁に迎えていいとおもっとる。働き手が増えれば春彦も助かるだろう。ややはしばらく様子を見てからつくればいい。この家に落ち着くかどうか見極めてからでないと、産まれた子もかわいそうだからのう」
 奈美は晩酌が多かったせいか、いつもよりも能弁だった。春彦が黙って聞き役に回っていると、奈美は、玄とは不仲だったこと、その原因はわたしに子が授からなかったこと、その原因は玄の愛を受け容れようとしていないこと、その原因は、わたしが彦太郎を心の奥で慕っているからだと、玄になじられたことなどを愚痴った。
 息子の縁談をまとめようとした奈美が、自分の恋愛や結婚生活を思い出して、語りだしたことを、春彦は、奈美が青春を反芻して懐かしんでいるのだとおもった。この母にもう一度、青春を取り戻してあげねばならない、それには彦太郎と再婚するのがいいと春彦は思った。
 春彦は、自分の結婚話は後回しにして、奈美の再婚に熱を入れだした。奈美が彦太郎を今でも慕っているようなので、此処は一番、火を点けてやろうと思ったようだ。
―奈美を寡婦にして置くのはかわいそうだ。僕を頼りにして後家生活を過ごさせるのは、奈美を老けさせるだけで、もしそうなれば厄介である。僕が隆子を娶って一緒に暮らせば、嫁と姑の諍いが何れは起きるだろう。子が出来れば出来たで、その子の養育をめぐって意見が分かれ、いざこざが絶えないかもしれない。奈美はまだまだ女としての若さも残している。僕と隆子がむつまじくすればするで、悋気すら起こしかねない。それは御免だ。彦太郎と再婚させて落ち着かせるのが最上の策だろう―
 春彦が彦太郎と会って、奈美との再婚を持ちかけたのは数日後であった。話は速いほうがいい決断し、彦太郎の気持を打診したのである。最初のうちは、煮え切らない返事をしていた彦太郎であったが、彼の心はすでに春彦が読んでいた。
「初恋の思いを遂げるのに、もうじゃまものはありませんよ。彦太郎さんも母の奈美も、お互いの配偶者の死を見送られた後じゃないですか。どなたにも遠慮はいりませんよ。あなたから母にプロポーズしてください。母はよろこびますよ、それをのぞんでいるのですからね」
 春彦は、あの見合いの後、奈美が彦太郎との思い出話を諄々としたことを伝えて彦太郎の気持を引いた。この日はそれで終わって帰宅すると、春彦は奈美に彦太郎との再婚を勧める。
作品名:色即是空 作家名:佐武寛