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色即是空

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―わたしが哲に会いたいと言ったなんて、彩子は何を考えているのだろう―
 真理子の当惑を知らない哲は、嬉しそうに真理子を見詰めた。
「嘘、嘘よ、わたしが哲君に会おうって真理子を誘ったのよ」
 彩子はくすっと笑った。
「用事は何ですか」
 哲が怒っている。
「すまない、すまない、哲君に新しい仕事をしてもらいたいの。その相談に乗って欲しいのよ」
 彩子は、哲の機嫌をとるように優しい声で言うと、哲の右腕をきゅっとつまんだ。
「仕事は?」
 哲は機嫌を直している。
「うちの社でフリーター特集を組むので手伝って欲しいの。哲君なら経験豊富でしょう」
「参考人ってわけですか?」
「仲間たちの生態の調査をしてほしいの。フリーターであることを積極的に選択しているのか、定職先がなくてやむを得ずやっているのか、将来の生活をどう考えているのか、目標にしている人生はどういうものなのか、調査の結果から、フリーターの将来像を推測してみたいの。『個人化する社会』というテーマのなかで、女性のシングル願望とともに取り上げて、共通点を発見できないかと想像しているのよ。真理子もわたしもシングル願望に取り付かれているでしょう。だから、自分たちの問題でもあるのよ。わたしたち若い世代の生存意識を浮き彫りにできれば、社会の進む方向性を示唆することにもなるでしょう」
 彩子の言葉に熱がこもっていた。
「真理子には、女性のシングル願望について調査してもらいたいの。二人の調査の共通項目を選び出すために、哲君と真理子は共同作業をしてもらうことになるのだけど、いいかしら」
 真理子は驚いた。こんな大切なことを、事前に言ってくれなかったのは何故だろうと、彩子を見詰める。
「この話は、いま、ここではじめてしたの。真理子と哲君に同時公開ってわけよ。二人とわたしは等距離にあるってこと。二人の関係は自由に距離を設定して頂戴。わたしの発注を受けてくれるわね」
 彩子のビジネスライクな言葉に、哲も真理子も押され気味だった。真理子は彩子が言った「距離」にこだわりを感じたが、彩子の提案をうけいれることにした。

 哲が動き出した。哲はフリーター仲間と彩子のプロジェクトに協力する手始めに、先輩格のAを訪ね意見を求める。
 Aは大学の理工学部出身で機械設計技師だが、大企業に二年勤めた後、自らフリーターになって仕事請負人で生計を立てているが、収入は不安定である。
「俺がフリーターやっているのは、日銭を稼ぐための副業で、本業は研究だよ。大学の研究室にも出入りさせてもらっている。フリーターって、おちこぼれじゃあないのだ。自前の時間を作り出して、将来に投資している。ヴェンチャーを立ち上げるのが目標だよ。仕事を選択する自由があるから、会社勤めのような悲哀はない。だが、言っとくけれど、能力に自信のない奴は、やめとくべきだ。落ちこぼれになるからね」
 Aは、安易なフリーター願望に釘をさした。その言葉に、哲は自分のことを言われているような気がしたので、内心穏やかでなかった。
「僕は、学生時代のバイトからそのままフリーターになりましたから、特別な抵抗感はないです。僕の場合は、仕事の内容がそのつど変わるので便利屋稼業です。生きるためにはぜいたく言っていられないから、どんな仕事にも飛びついています」
 哲は、自分は満足しているといいたかったのだ。
「君は、フリーターに永久就職するのか、それで自己実現できるか」
 Aは、冷ややかに哲を見る。処は青山のキャンパスである。学生たちが屈託なく動いている。女子学生が多くて、カラフルで開放的な雰囲気が漂っている。就職掲示板に、時々、学生が立ち止まるが、すぐに立ち去って行く。Aと哲は、そこから少しはなれた場所のベンチに掛けている。
「組織にはまるだけが人生じゃないと僕は思っているのです。組織と外から接触してインターフェイスにいる人間がフリーターじゃないですか。自分の自由を守りながら、組織に契約社員ベースで便益を提供するのが役割でしょう。それも短期契約がほとんどですよ。年功社会が崩れてしまった現在では、短期契約で機会を選択する自由を持ったほうがいいと思いますよ。先輩はどう考えます?」
 哲は、存外にしっかりしている。彩子や真理子と会っているときの印象とは違っていた。
「君の言うのは、積極的な存在としてのフリーターだけれど、労働の本質を理解していない自堕落なフリーターもいるね。本来は働くのが嫌で日銭のためにフリーターをする連中だ。そんな連中がフリーターをネガティブの存在と思わせるのだよ。本来は怠け者で組織内労働に不適だから労働市場から疎外された存在になっている。この連中が、フリーターの価格を引き下げる要因になっているのだ」
「得難いハイクラスのフリーターになればいいのですよね。先輩はその一人でしょう」
 哲は、このとき、彩子や真理子は、得難いハイミスのキャリア・ウーマンだから、独身が似合っているとおもった。二人は、「家庭」という組織の存在に疑いを持つ人生のフリーターだと連想している。彩子から与えられたテーマが頭をもたげてきたのである。
 フリーターとシングル・ライフの共通点を構成する意識について、哲は、Aに尋ねていいかどうか思案している。Aには妻子があるから、女性のシングル・ライフを否定するだろうと想像していたのである。しかし結果は違っていた。
「彩子さんという人の設問は、あらかじめ共通点を予想していると思う。何かの外生的要因によって、自己の行動が拘束されることを拒否する意識が、フリーターと女性のシングル・ライフ願望には共通していると予想しての質問だよ。その予想は正しい。内生的要因である自由願望が強烈な人にありがちな選択だ。僕が、フリーターを選択し、妻に家庭を押し付けることはできないだろう。だから、僕たち夫婦は、家庭という組織が桎梏だと思うようになったら、いつでも離婚することにしている。女性が家庭に拘束される時代は過去のものになりつつあるよ」
 Aの発言は哲の意表を付いた。
「男女の関係は、そんなに簡単にわりきれるものですか。先輩には子供もいるのですから、離別なんてできないでしょう?」
 哲はAの言うことが、頭だけで割り切っているとしか思えなかった。
「先輩と奥さんは、それでいいとしても、子供はどうなるのですか。どちらが引き取るのですか?」
 哲はたたみたたみかけるように尋ねる。
「君は両親を知らないのだったね。祖母に育てられたと言っていたね。それでも子供は育つのだよ。施設に入れたって育つよ。俺と妻のどちらかが育てればいい。妻が母性本能で育てるというのならそれで済むことだ。夫婦って、そんなものだということを子供に教える効果だってあるよ。お互いに愛の醒めた夫婦が子供を鎹にして家庭を守るなんて事は、子供にもよくないのだ。真実を裏切った生活だからね」
「僕の場合は、両親が子供を育てたくないので祖母に預けたと聞いていますから、捨て子ですね。産まなければよかったのでしょう。親の愛を知らないで育つのは厳しいですよ」
作品名:色即是空 作家名:佐武寛