戦友に捧げるブルース
あの時、久保田を殺す以外に道はなかったのだろうか。どうして戦友だった男を殺さねばならなかったのか。久保田はまだあの場所で野ざらしになっているだろうか。私だけ生き残って、敵に英雄呼ばわりされて恥ずかしくはないのか。
私は英雄などではなかった。久保田が罪人であるならば、私もまた、罪人であった。
ひねもす、そんなことばかり考えていると気が狂いそうだった。
ただ、戦争は正義でも悪でもないことを、私は感じ取っていた。平和な時代が来れば、人は戦争は悪だという。だが、私にはもっと人の、根源的で衝動的な欲深さを、戦争の中に見ていた。久保田が女を強姦したのもそうだろう。私が久保田を許せず、殺してしまったのもそうだろう。戦争とは人の本能なのかもしれない。それだけに、人としての価値が試されるのかもしれない。そんなことを私は思うようになった。
やがて日本が敗戦を迎え、それから程なくして私は復員した。ついに久保田を日本に連れて還ることは叶わなかった。
そして老いた今でも、あの時の後悔と忌まわしい記憶は拭い去ることができない。
議員に立候補し、少しでも人の役に立ちたいと思ったのも、免罪符を買い求めるような気持ちが心の奥底にあったからだと自分でも思う。
モニカは苦い回想に耽る私を、妖しい瞳で見つめていた。そして彼女のしなやかな腕が私の腕に絡み付く。
「先生、何を考えているの? 難しい顔して……」
これが普通の女ならば「人の心に土足で入るな!」と怒鳴り飛ばしてやるところだが、モニカにはそんなことはできなかった。
「いや、なに、ちょっと昔のことをね……」
私はモニカの顔を見つめ返した。
果たしてモニカは、久保田とあの女の血を引く女なのだろうか。世代的に言えば久保田の孫にあたる。あの女の陰部に久保田の精液が光っていたことを思い起こせば、妊娠してもおかしくはない。その子がまた子を産み、ここにいるとしたら、なんという運命の悪戯だろうか。
モニカの顔は幸福そうに笑っている。今、私に腕を絡ませていることが幸福とは思えなかった。
そしてワンピースの胸元から覗く、乳房の谷間が男である私を挑発している。その膨らみは、久保田があの時、フィリピンで犯した女より膨よかだ。モニカは全体的にあの女より肉付きが良い。
作品名:戦友に捧げるブルース 作家名:栗原 峰幸