戦友に捧げるブルース
私は久保田に向かって合掌し、冥福を祈った。しかし彼が浮かばれるはずもなかった。先程まで戦友だった男に殺された彼の無念は、計り知れないものがあるはずだった。
「大丈夫か?」
私は怯えてすくむ女に手を差し伸べた。しかし女は私の手から逃れるように身を捩った。日本語を解さないこともあったろう。しかし久保田に強姦され、その上、目の前で人が殺される場面まで見せられたのだ。女にとってショックが大きかったことは容易に推測できる。女には久保田も私も野蛮人であることに、変わりはないのかもしれない。
私が目を落とすと、女は失禁していた。乾いた土がそこだけ黒く濡れていた。そして久保田は射精したのだろう。女の陰部からは白濁色の液体が零れていた。
これ以上、私が関わることは女にとっても、私にとっても良い結果をもたらさないことを、この時私は感じ取っていた。だから私は早々にその場を立ち去ることにしたのだ。
本来であれば、久保田の亡骸を荼毘に付し、本土へ連れて還ってやるのは私の役目だった。しかしこの女にその許可を求めることはできなかった。
仕方なく私が久保田を担いだ時だった。にわかに周囲の木々がざわめいた。躍り出る白い肌をした兵士たち。銃を構えた米兵だった。
私は咄嗟に久保田を振り落とし、小銃を構えた。しかし隊長と思しき人物が何か叫ぶと、兵士たちは銃を下げた。
私には何が起こったのかわからなかった。しかしその時、迫りくる殺気は感じられなかった。その友好的とも取れる米兵の態度に、私も思わず銃を下げた。私はいささか間抜けな顔でもしていただろうか。
やがて兵士の一人が私に歩み寄ってきた。そして私の小銃とサーベルを取っていった。奪い取ったのではない。むしろ私は呆気に取られたように、米兵に小銃を渡してしまったし、米兵がサーベルを抜き取る時も抵抗はしなかった。
私は拘束はされなかった。しかし紛れも無い捕虜となったのだ。
後に聞いた話では、米兵たちは私と久保田の行動の一部始終を見ていたらしい。隊長は私の行動に感激し、英雄として接してくれたのだ。
であるからして、捕虜の中でも私の待遇は良い方だったようだ。それでも米兵の中に、私のことを「Hero」と呼ぶ際に、いささか皮肉を交える者もいた。
そして捕虜となり、私は自責の念に駆られることになる。
作品名:戦友に捧げるブルース 作家名:栗原 峰幸