有明バッティングセンター【前編】
「いいえ、こちらこそ、お手間を取らせました。ところで水木さん・・・・」
「エレーナと呼んで下さい。みなさんにそう呼んで頂いています。」
「は、はい、えーと、エレーナさん。」
「はい、なんでしょう?」
口元をキュっと結んで、じっとこちらを見つめる吸い込まれそうになるその美し
い眼差しに、男35歳、不覚にもドギマギしてしまった。
「・・・いいえ、なんでもないです。」
(中学生か、俺は!)
何の説明もなく、いきなり呼び出して記者会見とはどういうことだと文句の一つ
も言ってやろうと思ったが、今日はなぜか気が乗らない。勘弁してやろう。
「フロントからこれを着てくださいと託っております。」
エレーナがユニフォームを差し出した。
見ると、ユニフォームは上下、インナー、ソックス、全て揃っていた。
(記者会見じゃなくて、野球をやろうってのかい。)
「こ、これ、全部着るんですかね?」
「お願いします。」
何の疑問も持っていないのか、エレーナは即答した。
(それなら、スーツ着る必要なかったじゃん。)
文句を言いたい気持ちをぐっと堪え、ユニフォームを広げてみた。
(あれ?)
東京フライヤーズのユニフォームとはデザインが違っていた。胸には、
「有明バッティングセンター」と書いてあったのだ。背番号は8を横にした
「∞」。最初は、縫製ミスかと思ったが、そんなはずはない。「∞」は
「無限大」を意味する。
(しゃれてるじゃねーか、俺はピエロか?)
作品名:有明バッティングセンター【前編】 作家名:ohmysky