有明バッティングセンター【前編】
「恭子ちゃん、僕はね、今期のドラフト会議を最後に定年退職するんだ。長年
世話になった東京フライヤーズに恩返ししたくて、今期のドラフトには僕が今
まで培った目で最高の人材をフロントに提唱するつもりだ。フロント側も全面的
に僕の提唱を支持すると言ってくれたよ。」
「まぁ! ますますおもしろそうねぇ。ねぇ、何とかならないの? 昔のよしみで。」
「それはドラフト会議までのお楽しみ。」
いぶし銀のハリウッド俳優の様に魅力的なウインクを恭子に送った安田は揚々と
した足取りでインタビュールームを後にした。
その後ろ姿に、この業界で齢を重ねた老獪な仙人のオーラを感じた。
”お立ち台の儀式”を終えた安藤健太が、それでもマスコミの雑多な質問、
マイク、カメラに追い立てながら、半ば苦笑を浮かべつつ真摯に対応する様子を
ほほえましく眺めていると、その人だかりの少し離れたところで、健太のスポーツ
バックを抱えて静かに微笑む一人の少女が目に入った。マネージャーの坂井菜摘だ。
(そういえば、健太の進学先は早田大学だったな。・・・・なるほど、そういう
ことか。)
東大医学部も問題なく入れる程の実力を持った彼女が何故か早田大学進学を目指し
ているのかも、今すぐにプロ転向しても十分活躍できるであろう健太が何故か
早田大学進学を希望しているのかも何となく分かったような気がする。
(ヒヒヒ、若いってすばらしい。浩二、ご愁傷様。)
そんな事より、早く帰って久々に焼酎片手にカップ焼きそばを頬張りたいもんだ。
凱旋帰郷、優勝祝賀会、テレビ取材など、一連のお祭り騒ぎもようやく下火とな
り、静かな日々を取り戻しつつあった。3年生の追い出しコンパはもちろんアル
コールなしで、有明バッティングセンターの駐車場にビニールシートを敷き、姉
であるスポーツキャスターの西村恭子の取材と合わせて行われた。
作品名:有明バッティングセンター【前編】 作家名:ohmysky