moonlight(後編)
背後から、精一杯の声で自分の名を呼ぶ者へ顔を向ける。
「……た、竹下……」
実緒がいた。嫌がらせをするほど疎ましかった相手が。なぜ、ここに……。
「それが必然ってことだ」
ドアの前に未知流が現れる。武藤をこの檻に包囲するかのように、腕を組み、仁王立ちをして、逃げ道を遮る。
「お、おまえら……竹下とグルってたのか!?」
「バカ言うなよ。あたしたちは竹下さんに協力したんだよ。こうなったのは全て、実緒の意志によるものなんだよ!」
「……!」
武藤の額に冷や汗が出てくる。
「……っ」
「武藤!」
担任教師に捕まれている右手を振り払い、武藤は廊下へと逃げようとする。実緒も反射的に彼をよけてしまう。が、
「させるか!」
「ぐうっ……」
武藤が振りかざす拳よりも早く、未知流はみぞおちを抉った。重い一撃に彼は、その場に両ひざをついた。
「まったく、男が情けないわよ。逃げるなんてみっともない!」
呆れ口調で未知流は武藤を見下す。
「なん、だと……」
痛みをこらえながら、彼女を見上げる。
「せっかく実緒があんたに向き合おうとしているっていうのに……いや、そもそも逃げっぱなしか。自分を過信しすぎて、実緒に負けてプライドもボロボロになり、その上傷つけ、部員をねじ伏せるんだから」
未知流は哀れむような目で彼を蔑んだ。
「やめろ……」
武藤の身体が震える。
「まったくよ……」
背後からネオが低い声音で語りかける。
「あんたはそれでいいの!? 現実から逃げて逃げて逃げまくって、辛い道を踏んで。現実はどんなに嫌でも一秒一秒前へと進むのよ! こんなことじゃあきっと、ロクな人生を送らないわよ。実緒を見なさいよ! 自分の意志で戻ってきたのよ。あんたに傷つけられることを覚悟の上で前を踏み出した! あんたにだって絵で何かをしたいという『夢』があるんでしょ!? それと同じよ!」
作品名:moonlight(後編) 作家名:永山あゆむ