ビル街の月
戸狩は犬族が居ると言ったが獣の種類はそれだけではなかった。
狼は俺の足に喰い付こうとして牙の音を立てた。
暗闇から躍り出た黒豹の爪が俺の背中を掠める。
そして頭上から狒々《ひひ》が襲い掛かる。
数頭の不恰好なハイエナは、始めからしつこい程に追いかけてくる。
それらをギリギリのところで躱しながら夢中で走るうちに、俺の中で何かが弾けた。
俺は訳の分からない叫び声をあげながら走った。
そして、いつの間にか声は消え、両手が地面を蹴っていた。
その手にびしりと獣毛が生えて来ていた。
身体が軽く感じられ、俺は自分がまるで旋風にでも成ったかのように感じた。恐怖はまだ残っていたが、それよりも疾ることの悦びが身体の奥底から湧き上がって来る様だった。
助かった。これなら逃げ切れる。俺も獣になったのだ。
前から襲い掛かってきたチーターを軽いステップでかわし、大きくジャンプしてみせる。
しかし、その途端、横から飛び出して来た何者かに、俺の背中をガシリと捕まえられた気がした。
ハイエナの罠だった!
こいつの牙が俺の背中に食い込んでいる。
すぐに奴の仲間が現れた。俺の左足に食いつく。
汚い奴め! 俺はがむしゃらに足掻きながら罵った。
しかし、こいつらはきっとこんな生き方をしてきた奴なのだろう。
振り向くと狂気を宿した黄色い目が有った。
畜生! こんなところで殺られてたまるか!
じたばたすると、目の前に俺自身の、長い、兎の耳がうなだれるように顔に掛かってきた……。
おわり