ビル街の月
その気配と言うのが他ならぬ俺な訳だ。
始めのうちはそんな自分――虎に変身してしまい、人を食い殺して生きる自分――の境遇に悩んだらしい。
だが、近頃ではそれは当然の事のように思えて来ていて、全くそう思わなくなった時に、完全な虎になるのだろうと考えているのだと言う。
「だけど今はまだ完全な虎にはなれない。だから君の事も食べようとは思わないよ。でもそろそろ他の連中の出てくる頃だ。やつらはもう人間の心なんて無くなってるし、君の事を知ってる訳じゃない。襲われないうちに逃げた方がいいね」
戸狩はうろうろと落ち着かない様子で俺に忠告した。
「お、お前みたいのが他にも居るのか?」
他にしかも連中と呼ばれるほど数の虎の仲間がいるというのだろうか。
「ふん、僕が特別だとでも言うのかい? 確かに僕は変わり者だって言われていたかもしれないけど、僕くらいの人間は幾らでも居ただろう?」
話をする戸狩の口調は明らかに苛ついている様に見えた。
本当は俺を喰いたくて仕方が無いのかもしれない。
確かに、戸狩はそれ程おかしい訳ではなかった。
狂ったこの時代ならばそんな奴がごろごろと出て来ても何の不思議も無い。
そう思って辺りを見回すと、一つ、又一つと黒い影が通りへ出て来ていた。
いつの間にか空の色も暗い色に変わっていた……。
「遠藤君、特に……。犬族には気をつけた方が良い。人間だった頃から徒党を組んで行動するのが好きな奴らだ。あいつら一匹は大して強くも無いが、しつこいし、罠を仕掛けたりする……」
俺は逃げ出した。
それに反応したのか、遠くにいるやつらまで俺を追いかけ始めた。
戸狩の脇をすり抜けようとした黒い影は戸狩の爪の一閃で吹っ飛び、起き上がろうとしたところで首に牙を立てられて絶命した。
俺は走った。何度も追いつかれ倒されそうに成りながらも、昔やっていたラグビーの要領で寸での所で躱《かわ》し続けた。