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漢字一文字の旅  二巻  第一章より

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十の五  【奥】



【奥】、上の部分は祭りをする建物の屋根。中の「米」は獣の掌紋で、上に「ノ」の爪がある。そして下部は左右の手が並べられている。
【奥】は、いろいろと組み合わさった漢字だ。

そして獣の手の平の肉をお供えする部屋の隅のことを【奥】というそうな。
そこは神聖な場所だと。

1689年5月、松尾芭蕉は江戸を出て、東北を旅した。
それが「月日は百代の過客(かかく)にして…」、【奥】の細道となった。
それから200年後の1878年(明治11年)の夏、同じように一人の女性が東北へと旅立った。

名前はイザベラ・バード、日本人ではない。
世界を旅する47歳のイギリス人旅行家だ。
旅を終え、1880年、日本での旅行体験記・『日本【奥】地紀行』(Unbeaten Tracks in Japan)を書いた。

内容は興味深いものばかり。
途中、日光の金谷邸に滞在し、奥日光も訪ねてる。
湯元温泉では「やしま屋」に泊まり、人間ではなく妖精が似合う宿だと楽しんだようだ。

そして東北や蝦夷地を訪問して、要約すると
「1200マイルの旅をしたが、まったく安全だった。世界中で日本ほど婦人が危険な目にもあわず、安全に旅行できる国はないと信じている」と記した。

しかし、評価は絶賛だけではない。
新潟は「美しい繁華な町」だ。だが「味気ない」と。
また、湯沢は「いやな感じのする町」と評した。

そして日本人については
「西洋の服装、どの服も合わない。日本人のみじめな体格、凹んだ胸部、がにまた足という国民的欠陥をいっそうひどくさせるだけ」と。

その上に
「黄色い皮膚、馬のような固い髪、弱弱しい瞼、細長い眼、尻下がりの眉毛、平べったい鼻、凹んだ胸、蒙古系の頬が出た顔形、ちっぽけな体格、男たちのよろよろした歩行、女たちのよちよちした歩きぶり。

一般に日本人の姿を見て感じるのは堕落しているという印象である」と辛辣に酷評。

放っといてくれ! と言いたくなるが、芭蕉は死の四日前に「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」と詠んだ。

同じ旅人だが、イザベラ・バードが見た【奥】と、松尾芭蕉が感じた【奥】とは随分と違ったようだ。