アイラブ桐生 51~53
「駄目だと親が言いきって、結婚の反対をしてしまったら、
お互いの将来を誓い合った若いこの子たちには、
もう別の行く道はありません。
あなたは賛成できないでしょうが、産んだ私が、
早もう、あきらめてしまいました。
どうぞ、何も言わずにお願いします。
お千代が書きあげたこのカキツバタに、
金箔での最後の仕上げをしてください。
これ以外には、他にはなにひとつ、
この子に持たせないつもりでいます。
あなたに仕上げてもらった、このカキツバタの晴れ着だけを持たせて、
この娘を、お嫁に出してあげたいと、お千代は心から願っています。
勝手ばかりを言い、我がまま過ぎるお願いで申し訳ありません。
一生でただ一度だけ、お千代の本気の、心からのお願いです。
最初で、最後のお願いといたしますうえ、
どうぞ、お願いいたします」
「勝手に、最後とされたら、俺が困る・・・」
どれ、とたちあがった源平さんが
生地を手に取り、じっとのぞき込みます。
「この野郎・・・
たしかに、お前らしい、いい絵じゃねえか。
女将の目も確かだ。見る目は確かに節穴じゃないようだ。
ずいぶんと、丹精が込められている、
まことに見事なお千代のカキツバタだ。
なるほどなぁ。これなら誰が見ても確かにお前の代表作だ。
晴れの日に、娘に着せるためにというが、
ご丁寧なことに、ここと、ここの部分に、俺に金箔をいれろと、
ちゃんと、丁寧に印までしてあるじゃねえか・・・
なるほどなぁ・・・・
娘に一番似合うように仕上げるために、
もう、ちゃんと計算が出来ている訳だ。
こんなに丁寧に仕立てられたものに、俺も手を加えるとなると
生半可では、済まなくなると言うもんだ。
これでちゃんと、職人としての誇れる仕事をしなかったら、
俺も、後世まで男としての名がすたる。
まかせろ、お千代。
お前に仕事で、負ける訳には、まだいかねえな。
俺も精いっぱいに、一生一代の仕事をする!
二人で、力を合わせて良い仕事をしょうじゃねえか・・・・
可愛い、一人娘のためにも」
緊張しきっていた室内が、どっと、どよめきました!
「よおっ、日本いち!!」
置き屋のおかあさんが、真っ先に源平さんへ声をかけます。
「源平はんは、やっぱり誰が見ても、
祇園の男どす。
婿はん。見た通りどす。この男はやっぱり、
日本一のおとうさんさかい、
心から感謝せな、あかんえ~」
「だめだ、だめ。湿っぽいのは・・・・。
せっかくの内祝いと、春玉の初披露という、とにかくめでたい宴席だ。
おい小春。芸者ワルツを弾け!踊るぞ今夜は、
唄え、唄え~。」
小春姐さんが、涙をぬぐって、軽快に三味線を弾き始めます。
置き屋のおかあさんと小桃の女将さんが、
声を揃えて唄いはじめました。
源平さんが立ちあがると、お千代さんの手を取ります。
若い二人も、女将さんにせかされて、
座敷の中央へ押し出されてしまいました。
春玉が、赤い顔をして、私の元へ飛んできました。
作品名:アイラブ桐生 51~53 作家名:落合順平