アイラブ桐生 51~53
「芸者ではおへん。
舞妓ですが、それでもええどすか?」
願ってもないことです・・・
あっというまに出来あがった3組のカップルが、お座敷の中で
三味線の伴奏つきで、なぜかチークダンスなどを
踊り始めてしまいました。
「だめだぁなぁ~・・・・
芸者ワルツだけじゃ、いまいち、場の盛り上がりに欠ける。
女将。やっぱり、いつもの18番(おはこ)をやれ!
ここは一番、やっぱりなんと言っても、いつものあれだろう。
小春が一番得意としている、
とっておきの新撰組をやれ!」
源平さんが汗をぬぐう間もなく、次の踊りの指名をします。
女将さんもおかあさんも、そして小春姐さんも、ついには春玉まで、
一斉に、凄まじいまでの嬌声をあげます!
「なに?・・・・新撰組って?」
応える間もなく、
春玉が私のネクタイに手を伸ばしてきました。
手際良くネクタイの結び目を解くと、そのまま頭に持っていき、
キリリと鉢巻にしてしまいます。
ちょっとだけ躊躇するそぶりを見せた春玉が、
次の瞬間に、エイヤとばかり私のズボンのファスナーに向かって、
右手を勢いよく伸ばしてきました・・・・
え?、あっという間に、ズボンのファスナーに春玉の手がかかります!
。おい、おいっ・・・・。
「心配は、おへん・・・」
春玉もすっかり上気をしています。
見れば男たちは、すっかり元気になった女たちに揉みくちゃにされながら
よってたかって、衣装替えの真っ最中の様子です。
春玉が「まかせておいて」と笑っています。
見事なまでに手際よく、ズボンのファスナーを
一気に引き下ろしてしまうと、その隙間から、
ワイシャツの裾を引き出します。
「はい、これは手綱です。
あなたは馬上の武士ですが、
私は自由奔放に逃げ回っていく花街の遊女です。
見事に捕まえてくださいな。
遊女の逃げ足は極めて早いんどす。
ほな、逃げますさかい。
あんじょう、追いかけてくだないね!」
そう言うなり黄色い声をあげ、裾をたくし上げた春玉が、
座敷のなかを、右へ左へと悲鳴をあげて、駆け回りはじめました。
♪~鴨の河原に千鳥がさわぐ~
股も血の雨、涙雨
武士という名に命を賭けて
新撰組は今日も行く~
チータカタッタッタ チータカタッタッタ
お姉さんの色っぽい声。早くつかまえてと、
一斉にはやし立てる女将さんたち。
舞妓のまったく遠慮のない、ひときわよく響く、黄色い悲鳴。
どたばた、どたばた。・・・・さらにまた、どたばた、どたばた。
追い掛ける男たちは馬にまたがった形のまま、逃げる女どもを
とにもかくにも、狭いお座敷の中を、どこまでも
必死になって追い回し続けます。
祇園は、きわめて粋な街です。
粋も甘いもすべて承知の上で、たまには羽目を大いにはずします。
こんな風に、誰にも止めようのない、
らんちき騒ぎの夜もあります。
それにしても、お千代さんの筋書きは見事です。
周到な準備と言い、見事に書きあげたカキツバタと言い、
源平さんへの思いやりと言い、実に欠点のない、完璧な脚本でした。
だが、それ以上に、今夜こんな風に用意をされていた花道で、
期待以上にものの見事に、男親の役柄を演じ切った源平さんも、
またまた見ていて、見事でした。
祇園の、老舗お茶屋を舞台にした、
夫婦合作の見事な「千両芝居」でした。
じつにお見事な結末に、久し振りに気持ちの良い涙が、
一筋だけ、頬を流れてしまいました。
やはり、祇園は、つくずくと、粋な街だと
痛感をしました。
作品名:アイラブ桐生 51~53 作家名:落合順平