アイラブ桐生 51~53
お茶屋の小桃の2階では、春玉の舞いが3つほど披露された後、
ほっとした空気が生まれたものの、ふたたび
重い空気が漂よってきました。
会話が始まる気配は、まだまったく見えてきません。
しびれを切らした小桃の女将が立ちあがりました。
丁寧に包みこまれた風呂敷をたずさえると、
静かに源平さんの前に座ります。
なにも言わずに風呂敷の包みをほどき、中から丁寧にたたまれた
反物をとりだします。
盃を置き、つられたように覗きこむ源平さんの目の前に、
艶やかな、白垢地の生地が拡がりました。
大きく広げられた白無垢の生地の数か所からは、
見事なまでに咲き誇るカキツバタの花が現れました。
目を見ひらいた源平さんが、そのままカキツバタの花に
引き込まれています。
「お千代から預かりましたもんどす。
もしもんときはお願いしますということで、
わたしが、責任を持ってお預かりしたもんどす。
本日はお祝いの席ゆえ、これが一番ふさわしいと思い、
あたしの一存で、勝手ながらご披露におよびました。
あなた様も見覚えがあるように、
お千代が精魂を込めたカキツバタどす。
いままでに、ぎょうさんのお千代のカキツバタを見てまいりましたが、
色彩と言い、花の形と言い、その上品びりと言い、
ここに込めはった、お千代はんのその気持ちと言い、
どれをとっても、第一級品の仕上がりですと、私は確信します。
お千代が全てをかけて描きあげた、後世に残る逸品だと、
私も信じて疑いません。
源平さん。どうぞ心いくまで、
お千代の心意気を、見はってください」
これはと、思わず膝を乗り出した源平さんの隣で、
お千代さんも立ち上がりました。
若い者たちの背後を通過して、小桃の女将さんの横へすすみでます。
膝を正すと背筋を伸ばし、きっちりと源平さんの前に座ります。
畳に両手を添えました。
目線は源平さんに向けたまま、静かに頭を下げ始めます。
畳に額が着くまでお辞儀をしてから、やや頭を持ち上げました。
伏せられた顔のまま、やがてお千代さんが、
静かに口を開きます。
「可愛い娘のためにとはいえど、
今の私にできることといえば、これくらいのことしかでけしません。
嫁ぐ娘の晴れ姿のために、お千代が丹精を込めた、
最初で最後のカキツバタどす。
娘のためにと思い、ただひたすらに書きました。
しかしあなた様には、心から本当に、
申し訳ないと思っています。」
もう一度、頭を畳に着くまで下げました。
「あなたの跡取りを産めず、
たった一人しか産めなかったことは、ひたすら私の落ち度どす。
娘を産んでしまったということも、これもひたすら私の落ち度どす。
しかし、女の子として生まれてきたこの子には、
何の罪も、ありません」
源平さんが固まってしまいます。
私をはじめ、居並んでいる小春姉さんや春玉も、ただ固唾をのんで
なりゆきを、見守ることしかできません。
作品名:アイラブ桐生 51~53 作家名:落合順平