アイラブ桐生 51~53
緊張そのものの春玉が、座敷の中央へ歩み出てきました。
ここから先は春玉だけの、ひとり舞台にかわります。
まずは、親しみのある舞から始まりました。
「月はおぼろに東山、霞む夜毎のかがり日に、
夢もいざよう紅桜、
しのぶ思いを振り袖に、祇園恋しや、
だらりの帯よ」
長田幹彦の作で、「祇園小唄」です。
簪(かんざし)を揺らして、一人で舞いはじめた春玉ですが、
はた目から見ていても、どうにも頼りなく、いかにも心細く、
触れたら落ちそうなほど
痛々しいかぎりの様子で舞い始めています・・・・
やっとの立ち振る舞いと、所作がつづきます。
恥ずかしさを精一杯に隠し、
未熟な舞いに少女は心をドキドキさせながら、
それでも必死になって舞い続けました。
そのあまりもの危うげな様子に、見ていて、
思わずこちらのほうがハラハラとします。
細くしなやかな春玉の指から、舞扇が危うく落ちそうになった時などは、
心臓を「わしずかみ」にされたかと思うほど、
思わず、こちらの息も止まりました。
ようやくのことで舞い終わり、
春玉が居ずまいを直して正座をした時には
全員から、大きな安堵のため息が、まずそれぞれの最初にもれました。
「いやいや上出来、上出来。春玉ちゃん。
最初は緊張をするさかい、誰でもそんなものだ~
良くぞ舞切りました。
いやいや、・・・
小春の時から見れば、上出来だ。」
恥ずかしさで今にも消えて無くなりそうな春玉に、源平さんが
やさしく声をかけています。
お千代さんも、春玉を呼び寄せて小声で褒めています。
「春玉ちゃん。出来はともかくとして、
まずは舞い終わることが肝心です。
あとは場数を踏めば、すぐに上手にならはります。
小春お姉さんの舞は、これはもう祇園でも超一流で、
まずは別格です。
精進次第で、そのうちには、追いつきます。
でも、ここに居る、屋形のおかあさんや小桃の女将さんくらいには
あっという間に、追いつけると思います」
「お千代はん。それはまたあんまりやわ。
それでは私たちが、たいした舞も、芸もできないように聞こえます。
まぁ、しかし結果はおっしゃる通りどすが。
舞いが上手なら、いまだに祇園を代表する現役の芸妓どす。
もうご覧の通りの年寄りで、女まで引退をしてしまった、
ただの姥桜どす。
あたしも。ここにいはる小桃の女将も! 。
あっ、はっは」
笑い声の中で、部屋の空気が少しだけなごみはじめました。
次の舞にたちあがった春玉は、先ほどよりもなめらかに、
かつ艶やかに舞い始めました。
・・・・
何かが自分の中で吹っ切れたようです。
しかし、肝心の「内祝い」の方はどうなったのでしょうか・・・・
今夜の大事な用件は、源平さんに結婚を承諾させることが、
その一番の狙いです。
源平さんは、いまだに一人娘の結婚どころか、
交際相手の存在すらも認めていません。
お千代さんは、とっておきの秘策を、
すでに用意をしたと言っていましたが
今のところ、まだその気配は見えません。
本当に、大丈夫なのでしょうか・・・
作品名:アイラブ桐生 51~53 作家名:落合順平