アイラブ桐生 51~53
忙しくなってきたために、
最近は「おちょぼ」と合うことは有りません。
お千代さんのところへも月に1度くらいしか、顔を
見せない状態になりました。
それほどにデビューしたばかりの、「出たて」の舞妓は祇園で
ひっぱりだこの評判になっています。
久し振りだという舞妓の誕生に、祇園の町は、
数年ぶりに賑わっています。
もうひとつの恋の行方も、佳境にさしかかりました。
お千代さんの一人娘のロマンスは、もう最後の詰めともいえる段階です。
お相手の青年は、秋田県の出身で、自動車部品関係で働く営業マンです。
一言で簡潔に言ってしまえば、まさに好青年の一人です。
結婚を妨げている最大の理由は、彼が農家の一人息子であることです。
年老いた両親が田舎で農業を続けながら、
彼の帰りを待っていることにありました。
お千代さんも、最初は猛烈に反対をしました。
やがては秋田で農業を継ぐと言う青年のその言葉に、
不安を感じたからに他なりません。
しかし娘さんは、「其れでも良い」と、頑として折れません。
どこまでも彼に着いていきたいという、一途な娘の気持ちに、まずは
お千代さんのほうが折れてしまいます。
しかし源平さんは、交際相手の顔すらも見たくないと言って、
話も聞かず、最初から強烈に突っぱねました。
「俺は、絶対に賛成はしない」と宣言をして、やがて際限もなく、
駄々をこねはじめました。
どちらも一人っ子という者同士が、
結婚を熱望した場合、多くのケースが
決着まで難産をするというのが、常に一般的です。
行く末を決める時にも、本人たちの意思や希望よりも、
お互いの家族や両親の
老後の世話や面倒ををどうするかで、きわめて複雑な配慮が
必要となってしまいます。
それゆえに、明快な決断が出しにくくなるという、
やっかいな事態にたちいってしまいます。
「しかし、もうこの二人は、何が有っても、後戻りをしない」
それだけの決意を、
この二人の姿勢からはっきりと読み取ったお千代さんは、
母親として、今度は源平さんの説得に乗り出しました。
三度のご飯作りも、実は少しばかり面倒ですが・・・・といつも
愚痴のようにこぼしていたお千代さんが、何故かせっせと
三度の食事を作り始めました。
一か月もの間にわたって、何処にも出かけずに、
ひたすら源平さんのために、その手料理を作り続けました。
これには当の源平さんもまた、
口には出しませんが、何かを感じていたようです。
源平さんもこれ以降は釣りにも出かけず、こちらも部屋にこもって、
金箔貼りに精を出しはじめました。
そしておちょぼ、いえ、・・・
「春玉」へのご祝儀も兼ねた、お茶屋さんでの
「内祝い」の日がやってきました。
<改ページ
祇園のある先斗町(ぽんとちょう)は、
三条と四条の間で、加茂川と木屋町通りの間に位置している花街です。
細い路に、飲食店がぎっしりと立ち並らんでいます。
夜になると打ち水にぬれた路地は、ネオンが美しく映える
大人の街に変わります。
所々に、きわめて狭い路地が有ります。
観光客が入り込むのを防ぐために、どんずまりの路地には、
「通り抜けできません」という、表示が掲げられています。
石畳がしっとりと濡れてくるころには、夜の帳もおりてきて、
花街は一層艶めきます。
同級生のお茶屋さん・「小挑」は、その中ほどで、
どっしりと構える名の通った老舗です。
黒塀がぐるりと続いています。
見越しの松が懸かる入口には、盛り塩が置かれています。
格子戸の手前には、玉砂利の中に小さな植えこみが有り、と飛び石が
わざと不揃いに、かつ綺麗に並んでいます。
「おこしやす」
玄関先で出迎えてくれたのは、
女将のやわらかい笑顔と京ことばです。
エンジ色の地に、白い桃が染めねかれた暖簾が待っていました。
それをくぐり抜けると、奥へ向かって黒々と輝く廊下が見えました。
京の町屋は、間口の狭い様子からは想像ができないほど、
奥に向かって深く連なっていく造りです。
皺一つない真っ白の障子と、
良く手入れされた中庭の間を廊下がどこまでも続きます。
突き当たりの階段からは、宴席のある二階へ登れます。
手入れがほどよくどこまでも行き届いていて、
小綺麗ばかりが際立っている空間です。
普段の生活の匂いなどは、まったく微塵も見えません。
京都のど真ん中だというのに喧騒は聞こえず、
どこか異次元に入り込んできたという
気配が、どこまで行っても濃厚に漂っています。
「お足元がくろうおす、お気をつけて」
黒色の重厚な手すりを持つ階段を、登りおえます。
そこに現れたのは、畳が敷き詰められた廊下と、
美しい赤壁の日本間の空間でした。
通された赤壁の12畳の部屋は、黒塗りの柱と梁が強いアクセントとなり、
きわめてモダンな和風といえる雰囲気が漂っていました。
作品名:アイラブ桐生 51~53 作家名:落合順平