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妖精の寂しさ

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「誰かに見付からないうちに早く帰った方がいいよ。それから、私を付け回すのは止めてよね。一人が良いんだから。」
 そう言って教室に戻って行った。でも、彼女の言い方は決して嫌そうでは無かった。私は彼女の言う通り学校を出た。誰かに見付かる心配は殆どなかったけど言う事を聞いた方が良い気がしたから。

 昨日と同じ交差点。あの自転車の女の子を探す。また乗せてもらおうかと思って。と言っても勝手に乗るだけなのだけど。昨日と同じ時間、その子はやって来た。私はその子の後ろに乗ってぎゅっと抱きつく。一瞬くすぐったそうな素振りをしたけど何事もなかったように勢い良く走り出す。風が気持ち良い。その子に抱き着いているからショートカットの髪が私の顔をくすぐる。人にはきっとこういう幸せが沢山あるんだ。そう思うと少し寂しくなった。学校に着くと友達が待っていた。その子は手を振って自転車を止める。私はそっと自転車から降りた。そして、
「ありがとう、また乗せてね。」
と、礼を言う。もちろんその子には聞こえない。やっぱり少し寂しい。
 私はそのまま屋上に向かう。彼女は屋上には居なかったけどそのまま待つ事にした。待つ事には慣れている。
 昼休み、彼女は屋上にやって来た。いつも通り一人。私は声を掛けずただ見詰める。彼女は私に目もくれず前を素通りした。屋上の隅に腰を下ろすとようやく声を発する。
「また来たんだ。ホントに暇なんだね。まぁだんだん慣れて来たけど。別に私の邪魔する訳でもないみたいだし。」
 そう言ったっきり彼女は黙ってしまう。ちらりとも私を見ない。それでも良かった。彼女には私が見える。わかる。話し掛けてくれる。とても素っ気ないけど。昼休みが終わると彼女は立ち上がる。スカートをぱぱっと払って去って行く。昨日と同じ仕草。真っ直ぐ前を見てすたすた歩く。私の前を通り過ぎるとき、手を下ろしたまま掌だけで小さく手を振った気がした。あまりにも自然な動作だったから私に手を振ったのかどうか良く分からなかった。私は屋上に残される。ここで明日まで待っていても良いのだが、一旦学校を出る事にする。何となく私も毎日学校に通うという事をしてみたかったから。同じ事を繰り返しているのに学校に通っている人は何だか楽しそうに見えた。みんながと言う訳ではないけど多くの人は楽しそうだ。私には分からない。きっと私には明日が無いから。今日と沢山の過去しかない。明日があるのは未来に何かを残す事が出来るものにだけなんだ。私は何も残せない。未来にも過去にも。だから私はまねをする。繰り返す事のどこに楽しみを見付けられるのか知りたくて。
 朝、自転車の女の子に乗せてもらって学校に行く。ぎゅっと抱きしめる。少しくすぐったそうにするけどその子は気にしない。学校に着くと私はそのまま屋上に上がり彼女を待つ。彼女は相変わらず私に目もくれず屋上の角に座る。帰り際、私の前で手を下ろしたまま小さく手を振る。勘違いではない。私の目の前でささっと振る。ちゃんと私の存在に気が付いている。私はそんな日々を繰り返す。
 私は毎日が同じように過ぎて行く事に安心していた。人との関わりは私の時間をゆっくりにしてくれた。ただ見ていた時は動物も人もあっという間に生まれ子供を残し死んでいった。私の時間は永遠。私の尺度から見れば動物や人の一生が短いのは当然。でも、人に関わると時間は人の歩調で流れる。人の時間の流れはせせらぎの様で心地よい。いつまでも味わっていたいけどそうならない事は良くわかっていた。人の時間はいつか必ず終わる。彼女が私の事を見えなくなってしまったら私の時間はまた早く流れる。そしてそれは確実にそうなる。今までそうだったから。
 その日もいつも通り自転車の女の子に乗せてもらって学校に来た。いつも通り屋上に上がり彼女を待つ。昼休み、いつも通り彼女がやって来る。でも、その日の彼女はいつもとは違っていた。私を真っ直ぐに見詰め、私に向かって真っ直ぐに歩いて来た。そして私の隣りに腰を下ろした。私はふと思い出す。あの土手で会った男の子の事を。彼は自分の事を沢山話し、そしていなくなった。彼女も何かを話そうとしている。彼女もいなくなるの?私が見えなくなる?私は不安になった。彼女は話し始めた。
「何だか居るのが当たり前に思えて来た。初めて会った時から不思議と嫌な感じがしなかったんだよね。私と初めて会った日の事、覚えてる?あなたは何故か私をつけて来た。私はそれが分かっててあの屋上に行ったの。本当は死ぬつもりだったんだよね。別にあなたがついって来ようが関係無く。嫌になっちゃったんだよね、生きる事が。何かあった訳じゃない。人と関わるのが面倒になっただけ。人はみんな自分の事ばかり。自分を守る為に他人を平気で傷付ける、利用する。でも、人前ではそんな素振りも見せないで良い顔。私もそんな人達に紛れて作り笑顔で…一人になりたくなかったから。でも、ばからしくなっちゃった。そうしたらうまく笑えなくなって。もう無理だって思った。誰かが私を悪く言った訳じゃない。誰かが私に何かをした訳じゃない。表向きは。もう信用出来なくなったんだ。他人も、私も。取り繕うのに嫌になってしまったの。ふっともう良いかなって思った。衝動的にあのビルに向かった。人目に触れず屋上に上がれるの、知ってたから。途中あなたがついて来てる事に気が付いたけど、どうでも良かった。関係なく屋上から飛ぶつもりだった。でも、屋上でついあなたに話し掛けてしまった。どうしてか今でもわからない。人と関わるのが嫌になってたはずなのに。あなたを見て、あなたに声をかけて、そうしたら飛べなくなった。あなたの前では死ねないって思ったんだ。だから、飛ぶはずだった屋上の隅でただ景色を見ていた。落ちるはずだった地上を見てた。何故飛べないのか考えてた。次の日もそう。何となく学校に来てしまって、でもやっぱり嫌で、知ってる人ばかりの場所で格好悪いって思ったけど、ここで飛んでしまおうって思った。屋上に上がったら何故かあなたを思い出して飛べなかった。もっと嫌な気分になれば飛べるかもって思って一旦教室に戻ろうとした。その時あなたを見付けたの。うちの制服着てないからかなり目立ってた。その割に誰も気にしてないみたいだったけど。で、昼休みにもう一度屋上に上がって行ったらやっぱりあなたはついて来た。でもその時は飛ぶのを邪魔されたって思った。次の日も、その次の日も飛ぶつもりだったのにあなたが居た。あなたは私が話し掛けない限り一言も口をきかない。きっと私が飛ぼうとしてもあなたは止めなかったと思う。でも、すごく寂しそうな顔をするんじゃないかって思った。誰かも分からないあなたが寂しがったって関係ないけど、あなたの寂しそうな顔が散らついてどうしてもフェンスを越えられなかった。何日もそんな事を繰り返していたら飛ぶ気がなくなっちゃった。殆ど話した事もないのに、ここにあなたがいて毎日あなたの事を考えていたら何だかとても大切な存在に思えてきた。ただ居てくれるだけで安心した。あなたが男だったらきっと恋って言うんだろうね。」
 そう言って彼女は微笑んだ。私はただ黙って彼女の話しを聞いていた。
作品名:妖精の寂しさ 作家名:もとはし