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妖精の寂しさ

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「いつの間にか私はあなたに会う為にここに来るようになってた。あなたが私の事を気に掛けてくれている事は黙っていてもわかる。そんなあなたの存在があるだけで私は大丈夫だって思えた。他人の事はもうそんなに嫌だって思わない。きっとみんな必死なんだ。自分の事で一杯で他人の事まで考える余裕がないだけなんだ。それでも人を好きになる。その人の為ならって思う。大切な存在になればちゃんと考えて貰えるんだ。私は人と向き合ってなかったんだって気付いた。だから周りが空々しく思えたんだ。もっと真剣に関わっていけば、私があなたの事を毎日考えているように相手の事を大切に考えてあげればきっと相手も私を大切に思ってくれる。ここであなたと過ごした時間が、あなたの事を考えていた時間が私にそう思わせてくれた。ありがとう、私を見ていてくれて。私もずっとあなたを見ているよ。」
 彼女は私の顔をじっと見ている。これから私と仲良くなる事を確信しているような顔。私もそうなりたい。でも、無理なんだ。いつか彼女は私の事が見えなくなってしまう。その日は多分遠くない。
 その日以来、彼女は屋上で私の隣りに座るようになった。相変わらず会話は少ない。それでも彼女の表情は明るかった。あの、自転車の女の子の表情に少し似ている気がした。きっと彼女は少しずつ周りの人とうまく接する事が出来るようになってきているだって思った。それでもここに来るってことはまだ私は必要とされている。その事に安心する。でも、不安は消えない。
 いつも通りの屋上。静かな時間がゆっくり流れていた。隣りに座る彼女は空を見ていた。いつの間にか彼女の手は私の手の上に重ねられていた。彼女の温もりを感じる。私にとって貴重な人の温もり。見える人からしか得る事が出来ないもの。私は彼女の手が離れてしまわないようにじっとして同じように空を眺める。雲が青い空にぽつんと浮かんでいる。その雲がゆっくり移動して行くのを私は彼女とただ眺めていた。この時間が私と彼女の最後の時間になった。
 屋上の扉が開く。私と彼女の屋上に人が来た。あの自転車の女の子だ。その瞬間、彼女の手の温もりが消えた。
「いつも一人でいるんだね。」
 自転車の女の子は言う。一人じゃないと私は思う。でも、自転車の女の子には私が見えない。彼女は少し間を空けて答える。
「一人が楽だから。」
 私は彼女の顔を見る。彼女が振り返る。でも、視線は私ではなく自転車の女の子にだった。私が彼女の視線を遮るところにいるのに。もう彼女には私が見えていない。私はそっと立ち上がり、彼女から少し離れた。自転車の女の子が近付いて来たから。女の子は私の座っていた場所にふわっと座った。彼女の視線はもう空に向いていた。女の子も同じように空を見上げながら、
「いつも気になってたんだよね。昼休みになるとまるで待ち合わせでもしてるみたいに急いで屋上に上がって行くから。私、誰と会ってるのか見てやろうと思って覗いた事あるんだよね。でも、予想に反して一人だった。それなのになんか幸せそうな顔してるんだよね。不思議だった。一人で何してるんだろうって。だって、教室では絶対に見せない顔してたから。私、それ見てからあなたに断然興味持っちゃっていつか私も屋上に上がってやろうって思った。それが今。で、いつもここで何してるの?」
 彼女は少し不思議そうな顔をして、暫く考えてから
「私、いつもここで何してたんだろ?」
 と、答えた。私は見えなくなると同時に記憶からも消える事を知った。彼女は続けた。
「でも、何故かここに来ると落ち着くんだよね。ある時から急に。開放感とは違う感じ。まるで好きな人と居る安心感みたいな感じがしてた気がする。でも、よく思い出せない。」
「ふーん。でも、あなた最近変わったよね。教室でも以前ほどつまらなそうな顔してないし。まぁ楽しそうでもないけど。だいたい一人だし。屋上に行くようになってからじゃないかな。だから絶対に誰かと会ってるんだと思った。その人があなたを変えたんだって。男かななんてちょっと期待したんだけどなぁ。」
 女の子は彼女にそう言って微笑んだ。彼女もつられて微笑んで、
「うん、違ったみたい。」
と、答えた。自転車の女の子の笑顔はとても魅力的なんだ。だから私はあなたが好きでいつも自転車に乗せてもらった。あなたは気付いていないけど。
 学校のチャイムが鳴る。昼休みが終わる。女の子が先に立ち上がり彼女に手を差し出した。彼女はそっと手を掴んで立ち上がる。女の子は
「明日も来て良い?」
 と、彼女に聞くと、
「うん。」
 と、彼女は答えた。二人は笑顔で屋上を出て行った。もう私に手も振ってくれない。私は彼女にとって必要じゃなくなったんだ。私はまた残された。また一人になってしまった。彼女は私の事が見えなくなって私との記憶も無くなった。必要じゃなくなると私の存在そのものが消えてしまうんだ。という事は私の事を覚えていてくれる人は世界中に一人も居ないってこと?絶望に似た寂しさを感じた。では私が人と関わる事は無意味な事なの?それが例え無意味だったとしても私はまた見える人を探す。一瞬でも一人ではない時間を得る為に。私は屋上から下りた。もう私と彼女の屋上ではないから。

 朝、私は友達を迎えに行くのが日課になった。同級生だったけどそれまで殆ど話した事はなかった。でもある日、学校の屋上で話しをしたのをきっかけに仲良くなった。彼女を自転車の後ろに乗せて学校へ行く。途中、長い下り坂をビューンと飛ばす。後ろに乗った彼女は私をぎゅっと抱きしめる。私はこの感覚が好き。懐かしい感じ。彼女と仲良くなる少し前にある場所を通ると何となくくすぐったいような似た感覚を感じていた。あれは何だったんだろう。そういえば髪を撫でる気持ちの良い風も最近吹かなくなった。時々ちょっと寂しくなる。でも、今は代わりに彼女がいる。彼女はあの時の風に似ている。
作品名:妖精の寂しさ 作家名:もとはし