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妖精の寂しさ

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 私は動けなくなった。見えていた?おじいさんはそのままゆっくり歩いて去って行った。その日以来おじいさんはその場所に来なくなった。きっとおじいさんに私は見えていなかった。だって一度だっておじいさんは私の方を見なかったから。「ありがとう。」は、おじいさんの人生で出会ったものに対してだと思う。出会った人々、食べてきた物、見てきた景色…おじいさんは自分を生かしてくれたもの全てに感謝したんだ。自分の最後を感じて。そこに私は含まれている?見えていなかったのだとしたら私はただの風。おじいさんにとって心地よく吹いていたら良いのにと思う。一瞬でもおじいさんの感じた幸せの一部になれていればと。

 私はまた残された。ふらふらとその場を離れる。段々と孤独に耐えられなくなっている。私は永遠。必ず残されるとわかっていても、それが例え一瞬でも、私は人と時間を共有したい。そうしないともう無理なんだ。人に近付くべきではなかったかも知れない。でももう手遅れ。

 昼間のビルの屋上。少女に出会う。制服を着ているからおそらく高校生。私は何故こんなところに来たのか。直感?違う、私は彼女をつけて来た。彼女の様子がおかしく感じた。彼女を追いながら私は小さく声を発する。確認。声が変わっている。十七、八歳位の少女の声。途中呼び止めようかと思ったのだけど出来なかった。彼女は完全に周りを無視し独りの世界に入っているようだったから。だから、何処かで立ち止まるまでついて行くことにした。何処にでもあるようなオフィスビル。制服の女の子には不釣り合い。
屋上で彼女は私を待ち構える格好でこちらを向いて立っていた。
「どうしてつけてくるの。」
 彼女は強い口調で言った。が、表情はそれ程怒ったような感じではなかった。何だか少しほっとしたようにも見えた。私は答える。
「何となく気になったから。」
 彼女は一言
「暇なんだ…」
 と、答えてぷいっと背中を向けた。屋上の端まで行き金網越しに街を見下ろしている。ただじっと。私を見える人はみんなこうだ。まるで世界に取り残されたようにただじっと景色を眺める。私が動物や人を近くで見ていた感じに似ている。存在しているのにしていないかのような。周りはみんな無関心で私に気付いていても相手にしない。孤独感。私と私を見える人の共通点。私は彼女の少し後ろに腰掛ける。私も黙って彼女のことを見ていた。
 暫くの時間そうしていた。日が傾きビルの陰に隠れた。周りのビルの明かりが段々と輝き始める。道路が車の白いライトと赤いテールランプで光の線を作る。その時後ろから声がかかった。
「駄目だよ、部外者が入って来ちゃ。」
どうやらこのビルの警備員らしい。その声を合図に彼女は出口に向かって歩き出した。警備員の前で小さく頭を下げ「すみません。」と言ってそのまま出て行ってしまった。私は彼女を追い掛けた。私も一応警備員の前で頭を下げたが彼に私が見えているかどうかは分からなかった。彼女を追ってビルの外に出る。しかし、もう彼女の姿は無かった。日はすっかり暮れていた。
 翌日。私は彼女を探す。でも、簡単には見つからない。その時、彼女と同じ制服を着た女の子を見付けた。ショートカットの活発そうな感じ。自転車に乗って信号待ちをしている。私はその子に近付く。私に全く気付かない。私はその子の自転車の後ろにそっと腰掛ける。見えないのなら重さも感じないはず。その子について行けばきっと学校に行くはず。学校に行けばもしかしたら彼女が居るかも知れない。信号が青になる。その子は勢い良く漕ぎだした。初めて自転車に乗った。楽しい。今まで歩いてしか移動したことが無かったから新鮮な感じ。風を感じる。私はその子をぎゅっと抱きしめた。愛おしさというか感謝というか、とにかく抱きしめたかった。もちろんその子は何も感じない。風のようなものを感じたのかも知れないけど自転車で走って受ける風に打ち消されてきっと気付きはしない。自転車って楽しい。ありがとう。その子のおかげで少し幸せな時間を過ごせた。
 思った通り学校に着いた。彼女は来ているだろうか。でも、探すのを躊躇する。今まで見られることを望んでいたけど今は彼女以外に見られたくない。警戒しながら校舎の中に入る。誰も私に気付かない。みんな友達と楽しそう。私は教室を一つ一つ見て回る。いない。どこにも居ない。来ていないのだろうか。あっと思う。屋上。昨日、彼女はビルの屋上に居た。今日も屋上に居るかも知れない。私は階段を昇る。その時彼女が上から下りて来た。私は咄嗟に隠れてしまった。彼女を探しに来たのに何故?でも、何となく今は会ってはいけない気がした。そんな雰囲気だった。私は隠れて彼女を見守る。他の人とは違った感じがした。街の中に居る私のよう。誰も彼女に関心を示さない。見えていないかのよう。周りはみんな楽しそうなのに彼女だけは違う。つまらなそうとかではない。至って普通に見えるけどまるで独りで居るかのよう。周りが彼女を気にしないのと同様に彼女もまるで周りを気にしていなかった。
 午前中の授業が終わると彼女は当たり前のように教室を出た。私は少し離れて着いて行く。階段を昇り屋上に出る。他に誰もいない。生徒達の声が遠くに聞こえる。彼女は屋上の隅に立って景色を眺めている。まるで昨日と同じ。声を掛けようか迷う。何者も寄せ付けない雰囲気。学校の中での彼女はずっと
そうだった。私は何も出来ずに彼女を見続けていた。すると彼女は背中を向けたまま言った。
「こんな所にまでついて来たんだ。」
 驚いた。彼女は気付いていた。
「朝からずっと見てたでしょ。うちの生徒でもないくせによく入って来れたね。何で誰も何も言わないのかな。この学校の防犯対策は大丈夫なのかな。で、私に何か用なの?あなたはストーカー?」
 彼女は動物みたいだ。動物達は私が何処に居ても気が付いた。でも、無関心だったけど。彼女も私が何処に居てもきっと気付いてしまう。それは、私が人じゃないから何かを感じてしまうんだ。私の事が見えるというのはもしかしたら感じるという事なのかも知れないと思った。
 彼女は振り返りその場に腰掛けた。暫く私を見つめ、もう一度言った。
「私に何か用があるのかな?ずっとついて来てかなり怪しいんだけど。」
 私は思った事を答える。どうせ私は嘘が吐けない。
「私も一人だから。」
 彼女は無表情だった。まるで当たり前の答えを聞いたかのように。
「なんで『私も』なの?まるで私が独りぼっちみたいじゃない。でも、間違ってないけどね。なんか疲れちゃったんだよね。人と付き合うの。みんな自分の事ばかりだし。気を使って相手をしても満足したら居なくなる。必要な時だけ頼ってきて、そうじゃなくなったらもう連絡もしてこない。なんだか自分が馬鹿に思えて、どうせ一人になるなら始めから付き合わなければ良いって。寂しい思いをするだけだから。って私は何言ってるんだろ。見ず知らずのストーカーに。」
 そう言って彼女はかすかに微笑んだ。でもそれはとても寂しそうな笑顔だった。私にはストーカーの意味が分からなかったけど彼女の表情を見てそれ程悪い意味では無いような気がした。
 学校のチャイムが鳴る。彼女は立ち上がりスカートの埃をぱぱっと叩く。そして、
作品名:妖精の寂しさ 作家名:もとはし