海のたより
──あいなめ──
あいなめは磯魚で、春から夏にかけてが旬です。こちらで食べるのは主に煮つけですが、お吸い物や唐揚げでもおいしく食べられるようです。
ところが、わたしにとっての「あいなめ」は、食べる方よりも薬としての印象の方が強いのです。
もうずいぶん昔のことになりますが、海で足をけがしたことがありました。
泳いでいるときに、割れたガラスのビンを踏んで、ざっくりと切ってしまったのです。
その時は大した痛みも感じませんでしたが、海から上がったら、たちまち痛みが激しくなり、出血もひどくなりました。
急いで家に帰り、薬箱をあさっていると、母が引き出しからだしてくれたのが、小瓶に入ったどろどろしたものでした。
ふたを開けるといやな匂いがします。それはあいなめの内臓を腐らせたもので、近所の人からもらったのだと言います。
どんな匂いだったか、形容しにくいのですが、まあ、腐らせたものですから、それなりにへんな匂いでした。
普通なら、内臓を腐らせた……と聞いただけで眉をひそめるのが当たり前、いえそれよりも先に、そんな匂いではつけるのをいやがるのが当然かもしれませんが、好奇心旺盛な子どもだったわたしは、おもしろがってつけてもらいました。
もちろん、それ以前に、父が船の道具を準備していて指をけがしたときつけて、「すぐ治る」と言っていたことを覚えていたこともありますが。
さすがに、どろっとした茶色の液体をつけるときは、その匂いも手伝ってどきどきしました。
ですが、実際この薬はよく効いて、痛みが止まり、傷もすぐに治りました。
あいなめの薬は、漁師の中でも、海老網をかけている家で作っているようで、我が家のような沖合漁業の家ではあいなめは釣らないため、作ってはいませんでした。
この薬が今でも漁師の間で伝わって、作り続けられているのかは知りません。 また、どういう経緯であいなめの内臓を傷薬にしたのかわかりません。調べてみましたが、そういう記述はどこにもありませんでした。
でも、薬が手に入りにくかった時代の人達が苦労して作り出したものにまちがいないでしょう。
遠い昔の人達の生活の知恵には、ただただ敬服するばかりです。