海のたより
──あさがお貝──
花の名前のついた貝といったら、さくら貝を思い浮かべる人が多いでしょう。歌にも歌われていますし、なにかロマンチックな感じがしますね。
ほかに花の名前のついた貝は、まず思いつきません。
でももう一つ、花の名前のついた貝があると知ったのは、10年以上も前になりますが、台風のおかげでした。
夏も終わりかけたある日、沖をかすめた台風が去った次の日のことです。友人から電話が来て、変わったものを海岸で拾ったというのです。
友人宅に行ってみると、淡い紫色をした綺麗な丸い貝殻がいくつもテーブルに並んでいました。
割れてしまったものが多く、ちゃんとした形のものはほんの一つか二つ。よく見るととても薄くてもろい貝殻です。
「これ、なんていう貝か、知ってる?」
聞かれても、私も初めて見た貝ですから、名前など知るはずもありません。海の生き物の図鑑を開いて調べました。
【あさがお貝・るり貝】
どちらも薄紫色の巻き貝で、温かい海の海面に浮かんで生息しているとありました。そして、地震や台風の時には海流にのって日本までやってくることもあるとか。
1960年代にあったペルー地震のとき、日本の太平洋側の沿岸では、このあさがお貝がたくさん打ち上げられたと解説にありました。
図を見ると、るり貝はばい貝のようなてっぺんがとがっている形、友人がひろった貝は丸いおまんじゅう型なので、あさがお貝にちがいありません。
友人の話では、海岸の西側のはずれの方にたくさん落ちていたそうです。ほとんどが粉々で、形のいいものだけを選んで拾ってきたといいます。
次の日、朝早く私も海岸に行ってみました。
残念ながらあさがお貝は、ほんの少しのかけらがあるだけで、打ち上げられてはいませんでした。
あれから、台風がくるたびに、『次の日になったら、海岸に行ってみよう』と思うのですが、台風が去ってほっとすると、そんなことはすっかり忘れてしまっています。
でも、いつかまた、あの綺麗な貝をもう一度見たいと思っているのです。