海のたより
──茱萸(ぐみ)の実──
この地域の海岸線はわずかな砂浜を残して、ほとんどの丘陵がそのまま海に落ちているリアス式海岸で、海から見ると山の緑の下は岩肌が見える絶壁です。
崖の上にはたくさんの茱萸の木が生えていて、子どもの頃には茂った茱萸の木の中を「秘密基地」にして遊んだこともありました。
初夏には赤い実がつき、遊びながらとって食べたものですが、よく熟したものでないと渋くてとても食べられたものではありません。 茱萸の名前の由来の一つが渋さを表わす「えぐみ」から来ているというのも納得です。
ある時、磯に行く途中の山道で、崖っぷちの茱萸の木の枝が、いつもよりたくさんの実をつけて、重そうに枝をしならせているのを見ました。
「茱萸がいっぱい実をつけてるね」
わたしと姉がそう話していたとき、いっしょにいた伯母が言いました。
「ああ、だから今年はカツオが大漁なんだ」
それがどういうわけなのか、当の伯母も知らなかったのですが、父に聞くと、やはり茱萸がたくさん実をつけた年は、カツオがよく捕れると、昔から伝わっているし、実際にも起きている出来事だと話してくれたのです。港に入る船から見える、熟した茱萸の実がたわわにみのっているさまは、まるで崖に赤い花が咲いたようなのだそうです。
わたしが見た時も、茱萸の実はそれまで見た中で一番よく実っていたと記憶していますが、以後、そのとき以上の茱萸の実を見たことはありません。
それでも、茱萸の実のつき具合とカツオの捕れ具合は、微妙に比例しているようです。
今年はカツオが不漁で、いつもカツオの水揚げを知らせる漁協のサイレンが、あまり聞こえませんでした。そして、茱萸の実もあまりついているようすはありません。
因果関係があるのかどうか調べてみましたが、わからず仕舞いでした。
でも、もしかしたら自然界はサインを出して、人間に何かを教えてくれているのではないかと思うのです。それがいつもいいことであって欲しいと願うのですが……。