海のたより
──カツオのいりず──
毎朝、港にカツオの水揚げを告げるサイレンが鳴り響きます。国内で1〜2位のカツオの水揚げ量を誇るこの町では、初夏の味覚にカツオは欠かせません。
亡くなったわたしの父も漁師で、カツオを釣ってきました。もちろんまず刺身で食べ、なまり節も作り、角煮にしたものを親戚に分けたり……。
このカツオの料理法に、比較的新しく加わったのが「いりず」です。
ある時、冬でもないのに食卓の上にコンロが置かれ、かかった鍋では何かがぐつぐつと煮立っていました。みると、赤黒い色のと茶色をしたそぼろ状のものが煮えています。部屋には味噌のにおいが漂っていました。
聞いてみると、「いりず」という初めて聞く名前で、両親も同じ漁師仲間のだれかから聞いてきたので、さっそく試してみたというのです。
血合いやはらすなど、刺身として使った残りの、ほとんど捨ててしまう部分をつかい、味噌と生姜をたたいて入れます。
そして少量の酒を加え、火が通ったところで、刺身を入れてしゃぶしゃぶのようにつけて食べるのです。
このとき、刺身は全部火が通るようにしてはせっかくのカツオの味が生きません。ほんのちょっとだけいりずの中に通して食べるのがいいのです。
変わった物にすぐに飛びつくわたしもさっそく食べました。味噌と生姜の味と風味がいつもの刺身の味を新鮮に感じさせてくれました。
そして、おいしさもさることながら、感心したのは目玉のことでした。いりずを作るときに、まず鍋にカツオの目玉を入れて炒るのです。鍋底をまんべんなく目玉で拭くように炒りつけます。そうすると鍋がこげないのだそうです。
たしかにぐつぐつと長いこと煮こんでいるようなのに、煮詰まったらお酒を少しいれているだけで、いりずが鍋底にこげついているようすはありません。
いったいだれがそのことに気づいたのか、なんともすごいことだと思いながら、いりずを食べました。
漁協の婦人部などでは、新しい郷土料理として紹介していましたが、いつのまにか「いりず」はそぼろの部分だけで、煮ながら刺身をつけて食べるほうは省かれてしまっていました。
わたしには、そぼろだけを食べるより、しゃぶしゃぶにした方がおいしいと思われますが。