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せき あゆみ
せき あゆみ
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海のたより

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──生で?──



あわびによく似た貝で「とこぶし」というのがあります。
あわびよりずっと小型で、最大でも7センチくらい。以前は市場に出回ることがなく、漁家で食べるくらいでしたが、20数年前くらいから、朝市などに出回るようになりました。最近では需要が多いのか、スーパーなどでは中国産のものまで見かけます。

この貝はわたしの母が磯から採ってくるのですが、煮付けにするとおいしいことから、親戚や知り合いの間で引っ張りだこになります。
わたしももちろん安く譲ってもらい、お使い物にしたり、自宅で食べたりします。友人からもよく頼まれて仲介するのですが、この友人、いつも
「とこぶしって生で食べられないかしら」
というのが口癖で、そのたびにわたしは
「昔からとこぶしを生で食べた人はいないわ」
と答えていました。

あわびは生で食べますが、なぜかとこぶしは生で食べません。そのわけを母に聞いても知らないと言いますし、海士(あま)をやっている知人に聞いても「昔の人も食べなかったんだから、何か理由があったのだろう」くらいの答えしか返ってきません。

そうなると「生のとこぶしには毒でもあるのかしら」などと、ついよけいなことを考えてしまいます。でも、もっと大きくて生で食べられるあわびがあるのだから、むりに小さなとこぶしを食べなくてもいいということなのかもしれません。

一般的な調理方法は、よく洗って切れ目を入れ、殻ごと砂糖と醤油と酒で作った調味汁でコックリと煮上げます。さっぱりと食べたいときは、茹でてスライスして生姜醤油で。とこぶし本来の甘味が味わえます。

茹でたウニの身と味噌をまぜたもので、スライスしたとこぶし(茹でたさざえなども)をあえると絶品の酒の肴になります。

友人も最初はちゃんと煮て食べていたようですが、ある時、とうとう我慢できなくなって生で食べてみたそうです。

「ええ? だいじょうぶ? おなか、こわさなかった?」
 驚くわたしに、
「だって、今こうやって生きてるし」
と、笑う友人。おまけに
「あわびみたいでおいしかったよ」
なんて言いながら、けろりとしていました。

たしかに、今も友人は元気でパートに出ているし、彼女よりたくさん食べたご主人もお元気です。

母から届いたとこぶしを調理しながら、ときおりちらっと「生で」という思いが頭をかすめます。
漁師の家に生まれて、新鮮な魚貝を好んで生で食べてきたわたし。でも、とこぶしを生で食べる勇気は、いまだにありません。

作品名:海のたより 作家名:せき あゆみ