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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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海のたより

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──春のかおり──



寒の戻りを繰り返しながら、日射しはだんだん春めいてきています。海の色も変わり、冬の間、空との境をくっきりと分けていた冷たい蒼が、温かな碧になり、遠い水平線は霞がかかったようにぼんやりしてきます。

そんな日が続くと、そろそろ磯の口開けの季節。秋から冬にかけて、禁漁だった磯が解禁になります。このあたりでは「解禁」のことを「口開け」というのです。

まず最初は若布(わかめ)。全国的にお馴染みの海藻です。漁師の奥さん達がこぞって出かけていき、まだ冷たい海水に脚をつけて刈り取ります。
 そうすると、町中あちこちで干してある若布が目につくようになります。家の庭先やブロック塀のうえ、はてはガードレールにも、若布が風にゆれていたりします。

時には歩道の幅を半分以上も占領して干してあり、歩く人がふまないように気をつけて歩かなければなりません。狭い道路に干してあるときは、通る車が若布をふまないように気を使っているほど。でも、こんな風景は田舎だからこそなんですね。

風に乗って、若布の香りが町中に漂ってくると、やっぱり春だな、と改めて感じます。とれたての若布のおみそ汁も、一口飲めば、磯の香りが広がってさわやかな気分になります。干した若布は1年中食べられるけれど、食べたときに磯の香りが味わえるのは、この時だけ。

花のつぼみのほころびを見つけるのも楽しいし、鳥のさえずりに耳を傾けるのもうれしいけれど、海辺の町で暮らすわたしにとって、春を一番感じさせてくれるのは、やはりこの若布のかおりなのです。

作品名:海のたより 作家名:せき あゆみ