海のたより
──なつかしい音──
漁師の娘として生まれたものの、わたしは船上での漁師の仕事ぶりをこの眼で見たことはありません。
今でこそ、女の人も船に乗るようになりましたが、わたしが子どもの頃までは漁師は男の仕事、女は入ってはいけない領域といわれていました。
海の神様は女性なので、女が船に乗るとヤキモチを焼いて、船を沈めてしまう。という言い伝えがあって、漁師は男がなるものと決まっていたのです。
それは裏を返せば、漁師の仕事がとてもきつく、力も強くないとできないことから、そういわれただけなのかもしれません。
実際、港でのようすを見ていると、ぐずぐずしていたらはじき飛ばされてしまいそうなほど、みんなめまぐるしく立ち働いています。漁師の奥さん方も威勢がよく、男勝りなひとばかり。
そんなふうでしたから、子どもにはとうてい手伝うことなどできなかったのです。
それでも、子どもにもできた手伝いに、「箱うち」がありました。
前回お話しした「あんばさま」があった頃のことです。
鯖が大漁続きで、水揚げ用の箱が足りず、どの家でも箱を作る内職をしたのです。
当時は木箱だったので、板を組み合わせて作るのですが、全盛時には町中至る所から金槌でくぎをうつ音が響いたものです。
子どもなので、なれないうちは、うっかり金槌で指を打ってしまい、大きな血豆ができたこともあります。ですが、それは勲章で、友だちと比べてはどちらが大きいか、などと言い合ったものです。
今はことあるごとに「危ないから」といって、子どもになにもさせようとしない親がいるようですが、多少のかすり傷はなんのその。失敗してこそ、道具を使うすべを身につけていくものだと思います。
家の庭先にむしろを敷き、座布団を敷いてすわり、まわりには箱にする木材が山になっています。それを家族総出で、みるみるうちに箱にしていく様は、とても爽快でした。
やがて港で使う箱──トロ箱といわれる大きな箱──は強化プラスチック製に変わり、木箱は姿を消しました。
かつおでも、鯖でも、イカでも、もう、あのときほどの大漁はありません。路地から響く箱うちの、音をなつかしく思い出すわたしです。