白月と源造じいさん
一分程経ったでしょうか。源造じいさんが泣き止みました。そして、ハンターの方へ向き直り、近づくと「貸せ」と言って無理矢理銃を奪い取りました。その時の源造じいさんの顔は恐ろしく、ハンターたちは動くことが出来ませんでした。
「いいか、だいたいお前らは下手くそなんだ。熊を仕留めるには弾は一発ありゃいいんだ。こんなところ撃ちやがって……」
源造じいさんは銃を構えると、その銃口を白月に向けました。
「白月……、今、楽にしてやるぞ……」
源造じいさんが狙った場所、そこはアバラ三枚と呼ばれる熊の急所です。アバラ骨の三本目の下。そこには心臓があります。かつて現役のマタギだった頃、源造じいさんはこのアバラ三枚を見事に撃ち抜き、何十頭もの熊を仕留めました。
源造じいさんの指が引き金に触れます。でも指は震えていました。照準を覗く目も涙で、霞んでよく見えません。
「おおおお……、白月……」
源造じいさんの心臓がドックン、ドックンと高鳴りました。それが自分の頭の中にも響いてくるようです。
白月の心臓を撃つ。それは、源造じいさんにとっては自分の心臓を撃ち抜くことより辛いことでした。
源造じいさんの頭の中に、白月との楽しかった、心温まる思い出がよぎります。すると余計、指は震え、目からは涙が溢れました。
「し、白月……、やはりわしには撃てん……」
源造じいさんは銃を下げ、その場にガクリと座り込みました。おそらく、震える指や霞んだ目で撃ったところで、急所を外し、余計に白月を苦しめることになったでしょう。
「ガオォォォォーッ!」
白月が吠えました。そして最後の力を振り絞るように四本脚で立ったのです。
「おお、白月……」
源造じいさんが銃を投げ捨てて、白月に駆け寄りました。
白月は悲しそうな目をすると、のっそりと歩き始めました。足元はよろけています。しかし、一歩一歩の感触を確かめるように歩いていきました。
山の斜面に差しかかると、いかにも苦しそうに喘ぎました。それでも白月は歩みを止めようとしません。
源造じいさんもハンターたちも白月が見えなくなるまで河原で見送りました。
「白月や、もう二度と人前に姿を現すんじゃないぞ」
源造じいさんが白月の消えた稜線に向かって呟きました。
それから三日後の真夜中。
その晩は既に冬が来たかと思うくらい寒い夜でした。