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真空管に灯る想い

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 でもよくよく思い返せば、彼は彼方此方で目立たないように、色々な事を手助けしてくれているのをよく見かけるのだ。優しい。さすが、あたしが好きになった人だわ。と、その度に彩子は誇らしくなったりして。視界の箸で彼の姿を認識しながら彩子は嬉しくなった。
 丁度同じ頃、美和子は白い息を吐きながら縁結びで有名な神社に1人訪れていた。念入りに書き込んだ絵馬を椿の茂みに吊るす。と、そこで、足下に落ちている椿の花に気付いて、なんだか不吉な感じを覚えてせっかく吊るした絵馬を外した。椿の花は花共落ちる。それの絵図らがなんだかあまり縁起が良くなく見えてしまい、境内を散々探し回って桜の木があったのでそこによじ登って引っ掛けた。次いでに手を叩いてよくお願いしておいた。まだ蕾すらもつけていない桜の木は寒空に腕を伸ばし、何処ぞの母親の娘への思いなんぞ知らんぷりをしていた。

「学級代表委員会を始めます。まず、最初の議題は・・・」
 待ちに待っていた学級委員会が始まった。が、彼はまだ来ていなかった。彩子は隣が空いた席でポツンと座って死んだ魚のような目で黒板を見つめていた。どうしたのだろう? いつもなら5分前には来ている彼が、サボるなんて絶対有り得ない。来る筈。絶対。来てくれる筈。机の下で握り拳を固める事30分。ようやく彼が現れた。どうやらバスケ部の部員で怪我人が出てしまい病院まで付き添っていたようなのだ。良かったと彩子は息をついた。
 彼は慌ただしく彩子の隣の席につくと、配られたプリントに目を通し、黒板に書かれた内容を確認しながら、大事な部分をプリントの裏にメモっている。その様子をうっとりと盗み見ていた彩子は、自分はなにも書いてないのに気付いて慌てて書き出し始めた。何も言葉を交わさないけれど、満たされていく静かな時間。幸せだなぁ。
「では、本日はこれで終了です。宜しくお願いします」
 彼が来てからあっと言う間に委員会が終わって、彩子が残念な思いで椅子や机を片付けて帰り支度をしていると、いつの間にか隣の彼が寝ている事に気付いた。他の学年の人達はさっさといなくなってしまっていたので、彼の眠りを妨げるものはいなかった。
 消えてしまうんじゃないかと思うくらいの真っ白い空からの微かな光りの下眠る彼のあどけない寝顔に、彩子は思わずじっと見入ってしまった。何故か、彼の寝顔を含めた全てが懐かしさすら感じられた。どうしてだかはわからないけれど。なんだろ、この感じ、ママに初めて見せてもらった透き通った真空管の小さくて温かそうな灯りを見た時のほんわかした不思議な感覚に似ている。小さな灯り。小さな希望。透き通った彼の聡明な意思に灯る小さな光。素敵だな。彼には誰も敵わない。そんな彼を今なら、思う存分見れる。こんなに誰にも邪魔されずに独り占めして見つめる事が出来るなんて、なんて贅沢な事なのだろうと思った。彼を好きで良かった。この人を好きで良かった。本当に。例え、彼とこの先どうにもならなくても、あたしはずっと彼の事を好きでい続けるのだろうなと感じた。その思いを決して表には出さないのだろうなとも思った。ママに送られてきたあの手紙のように無記名であっても思いを伝える事なんて、到底あたしには出来そうもない。ただ、こうして彼を見つめられればそれで幸せ。
 結局、彩子はそのまま彼の側に突っ立ったまま、30分後に泣く泣く彼を揺り起こした。
「悪ぃ。すっかり寝てた」と、彼は寝ぼけ眼のぼんやりした目をして、彩子を見た。寝癖がついた髪が可愛らしい。伸びをすると、寝起きだからか彼は立ち上がろうともせずに窓の外を眺めていた。彩子は気恥ずかしくなってきたので、その場を立ち去ろうと帰り支度を始めた。
「・・・雪 降ってきたな」
 呟くように言った彼の言葉に振り向くと、カーテンが開け放たれた教室の窓中に薄灰色の影を持った雪の花弁が一面に舞っている。見事な眺めだった。それを呆然と見遣る彼の姿が相俟って、やけに彩子の胸に迫ってきた。綺麗過ぎる。本当に。涙が出るくらい。


 彼が彩子を呼び出したのは、雪ばかりが降り続いていた寒い放課後だった。何事かとちょっとだけ有り得ない想像に胸を膨らませて冷気が漂う誰もいない廊下に出た。彼はちっとも寒そうではなさそうに、いつもの調子で、真っ直ぐに彩子を見つめて切り出してきた。
「この間、集めた修学旅行の集金なんだけど、一人分足りないって知ってた? 集金袋を集めた時に一個だけ軽かったり、足りなかったりしたのとかって覚えてる?」
「え? でも、あたし・・・ちゃんと全員分 確認した・・・」唐突過ぎて言葉が出て来なかった。って言うかそんな時の、そんな細かい事なんて覚えてない。でも軽かったり足りなかったりとかはしてなかった筈だし、でもそれを実証しろって言われてもそこまで確かな記憶じゃないから無理だよ。え・・・でも、どうしたらいいの、これ。彼の責めるような何かを見透かすような真っ直ぐな視線に突き刺されるように見つめられて、彩子は恥ずかしさと恐ろしさにじっとりと背中を冷や汗が濡らすのを感じた。何これ・・・もしかして、あたし疑われてるの? あたしが取ったとか思われてるの? あたしが誤摩化してるとか思われてるの?
 彼の少しも逸らそうとしない視線は、明らかに真相を彩子の中に探ろうとしているような眼差しだった。その目に見つめられていると、まるで自分がやりましたと嘘でも言ってしまうような感じに陥りそうだった。でも、ここで視線を変に泳がせたら更に怪しまれる。八方塞がりで、もう泣きたくなってきた。ごめんなさいって言えたら、もっと楽なのに。
「じゃあ、向こうが勘違いしてんのかな。わかった。でも、今度から気をつけて」
 明らかに疑われてる・・・!彩子は悲しくなった。そりゃあ、そんなに仲良くないから、過去に色々ドジって助けられてるから、あたしに疑いがかかるのは解るけど、でもそれでも、あたしだって一回したミスしないように気をつけてるのに。頑張ってるのに。
作品名:真空管に灯る想い 作家名:ぬゑ